『貴志祐介』という作家を聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか?
デビュー初期の頃の作品をご存知の方は、ホラー小説を得意としているという認識を持たれる方が多いかと思います。
あるいは、日本SF大賞を受賞した『新世界より』からSFやファンタジー作品をイメージした方もいるでしょう。
はたまた、代表作『青の炎』や日本推理作家協会賞を受賞した『硝子のハンマー』から推理作家だと主張する読者もいるかもしれません。
この記事では、様々なジャンルで人気作品を執筆している小説家”貴志祐介”のおすすめ長編小説を紹介いたします。
貴志祐介のおすすめ長編小説9選
今回は9作品を紹介していますが、順番についてはあくまでも個人の所感となっておりますので、予めご了承ください。
また一部のシリーズ化している作品についてはシリーズ一覧情報も合わせて記載しておりますので、そちらも参考にお読みいただければと思います。
1.『青の炎』(1999)
櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。
「BOOK」データベースより引用
自分の母親と妹を守るため、かつての義父の殺害を企てる少年を主人公としたミステリー。犯人側の視点から描かれた、いわゆる倒叙推理小説である。
その殺害動機から主人公に共感する者も多いが、殺害を決意してから計画〜実行に至るまでの思春期の不安定な心理描写がとてもリアルに描かれている。
加えて情景描写も素晴らしく、この切ない物語に湘南の海が哀しく映える。
以降にあげる他ジャンルでも代表作と呼べる作品が多く存在するが、ドラマ化等で幅広い認知をされているだけでなく青春要素の強いミステリーという難しいジャンルでこの完成度を誇る本作品がやはり著者の代表作ではないだろうか。
2.『新世界より』(2008)
子供たちは、大人になるために「呪力」を手に入れなければならない。一見のどかに見える学校で、子供たちは徹底的に管理されていた。いつわりの共同体が隠しているものとは―。何も知らず育った子供たちに、悪夢が襲いかかる。
「BOOK」データベースより引用
現代からおよそ2000年後の日本を舞台に、呪力というサイコキネシスのような特殊能力を備えた人類と生物によるSFファンタジー。
文明が退化した未来において、あらゆる動植物との共存と争いをメインにした壮大な作品であり、何と言っても多くの架空生物を物語上に配置する練り込まれた設定と、それらをベースにした不気味かつ独特の世界観にまず脱帽する。
加えて、本作品では人間の存在や生物との共存といった倫理観がテーマになっているのだが、軽くも重くもなりすぎずエンターテイメント作品としての面白さを損なわないストーリー展開にさらに脱帽する。文庫本で上中下巻3冊、1500ページにも迫る超大作だが、信じられないことに一気読み出来てしまう中毒性を併せ持つ。
第29回日本SF大賞も受賞した、著者渾身の傑作である。
3.『硝子のハンマー』(2004)
日曜の昼下がり、株式上場を目前に、出社を余儀なくされた介護会社の役員たち。エレベーターには暗証番号、廊下には監視カメラ、有人のフロア。厳重なセキュリティ網を破り、自室で社長は撲殺された。凶器は。殺害方法は。すべてが不明のまま、逮捕されたのは、続き扉の向こうで仮眠をとっていた専務・久永だった。青砥純子は、弁護を担当することになった久永の無実を信じ、密室の謎を解くべく、防犯コンサルタント榎本径の許を訪れるが―。
「BOOK」データベースより引用
ホラーやSFと異なるジャンルでヒット作を飛ばす著者であるが、彼の手にかかれば”密室“をテーマにした推理小説もお手の物である。
密室状態で発見された遺体の謎に、弁護士と防犯コンサルタントのコンビが挑むというストーリー展開で、少しギャグ要素も混じった2人のやりとりがとても魅力。「防犯コンサルタント 榎本シリーズ」として続編も刊行されている程の人気を誇る大きな要因である。
また物語は二部構成となっており、このコンビが地道に密室解明の検証をしていく第一部から一転して、解決編に当たる第二部では予想外の展開が待ち受けており、章構成の巧みさも光る。
再現性はさておき、大胆さと緻密さを兼ね備えたトリックには衝撃を覚えるだろう。
1.『硝子のハンマー』(2004)
2.『狐火の家』(2008)
3.『鍵のかかった部屋』(2011)
4.『ミステリークロック』(2017)
5.『コロッサスの鉤爪』(2021)
4.『悪の教典』(2010)
学校という閉鎖空間に放たれた殺人鬼は高いIQと好青年の貌を持っていた。ピカレスクロマンの輝きを秘めた戦慄のサイコホラー。
「BOOK」データベースより引用
第一回山田風太郎賞受賞作品。
表の顔は生徒からの人気も高い爽やかな英語教師、裏の顔は高い知能を持つサイコキラー。2つの顔を持つ高校教師が躍動する学園サスペンスである。
特徴としては主人公である教師の蓮見がいかにサイコパスであるか、いかに学園を支配するかに重きを置いたスピーディーで勢いのある展開があげられる。
また要所で学園に赴任してくるまでの過去にスポットライトを当てることで、サイコキラーとしての恐怖を過不足なく煽っている点も見事である。
終盤の大量殺人にはやや疑問の残る詳細設定も見受けられるが、全体としては疾走感のあるハイクオリティーなエンタメ作品と言えるだろう。
5.『黒い家』(1997)
若槻慎二は、生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され、期せずして子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。ほどなく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに…。恐怖の連続、桁外れのサスペンス。読者を未だ曾てない戦慄の境地へと導く衝撃のノンストップ長編。
「BOOK」データベースより引用
京都の生命保険会社で働く男性がひょんなことから首吊り死体の第一発見者となる、第4回日本ホラー小説大賞大賞受賞作品。
主人公の日常生活から一変、事件という非日常への引き込みに至る淀みの無いストーリー運びが素晴らしく、事件発生後は人間の持つ狂気を恐怖感情に訴えてくる描写が唯一無二の迫力を誇る。
オカルトや心霊現象ではなく、人間の怖さを最大限描き切った、初期の良作である、
6.『天使の囀り』(1998)
北島早苗は、ホスピスで終末期医療に携わる精神科医。恋人で作家の高梨は、病的な死恐怖症だったが、新聞社主催のアマゾン調査隊に参加してからは、人格が異様な変容を見せ、あれほど怖れていた『死』に魅せられたように、自殺してしまう。さらに、調査隊の他のメンバーも、次々と異常な方法で自殺を遂げていることがわかる。アマゾンで、いったい何が起きたのか?高梨が死の直前に残した「天使の囀りが聞こえる」という言葉は、何を意味するのか?前人未到の恐怖が、あなたを襲う。
「BOOK」データベースより引用
アマゾン探検隊が日本に帰国してから不可解な死を遂げる事件に、恋人である精神科医がその謎を探るというストーリー。
序盤のアマゾンの描写に始まり、終始不気味な雰囲気が作品を漂う。グロテスクな描写も多くあるが、そのおぞましさも含め流石という他無い。
中盤以降は新興宗教も絡めながら不可解な死の謎に迫っていく。終盤の展開が少し尻すぼみ感があり、結末も何となく読めてしまうところが少し勿体なくはあるが、科学的な知識と恐怖に誘う筆力は、著者の力量が伺いしれる良作である。
7.『クリムゾンの迷宮』(1999)
火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された。死を賭した戦慄のゼロサムゲーム。一方的に送られてくるメッセージ。生き抜くためにどのアイテムを選ぶのか。自らの選択が明日の運命を決める―!
「BOOK」データベースより引用
ある日突然に火星のような非日常空間で目覚め、サバイバルゲームを余儀なくされるという物語。いわゆるデスゲームを題材にしており、ゼロサムゲームや他者(人間)相手のサバイバルなど、昨今の流行り要素が全て詰まっている。
設定の素晴らしさだけでなく、息をつかせぬスリリングなストーリー展開も非常に勢いがあり、1999年に描かれたことから、後にどれほどの作品に影響を及ぼしたかが分かるだろう。
それだけにややこじんまりとしたラストは好みが別れるところだろう。終盤にかけて環境を利用した戦闘の割に心理描写と情景描写のバランスが悪い点ももったいないところである。
8.『ダークゾーン』(2011)
「戦え。戦い続けろ」プロ将棋棋士の卵・塚田は、赤い異形の戦士と化して、闇の中で目覚めた。突如、謎の廃墟で開始される青い軍団との闘い。敵として生き返る「駒」、戦果に応じた強力化など、奇妙なルールの下で続く七番勝負。頭脳戦、心理戦、そして奇襲戦。“軍艦島”で繰り広げられる地獄のバトル。圧巻の世界観で鬼才が贈る最強エンターテインメント!
「BOOK」データベースより引用
異空間上に存在する島で二軍に分かれて殺し合う、異世界バトルファンタジー風の作品。
将棋やチェスのようなルール設定と、それを駆使した駆け引きの応酬が魅力であり、『クリムゾンの迷宮』と同様時代を先取りしたプロットが一番の特徴と言えるだろう。
ゲームのルールや肝が徐々に整理されていくとともに、合間に挟まる断章で主人公の過去も明らかになっていく。一方でここは仮想現実なのか?夢なのか?作品に関わる謎はラストまで明かされない。この構成も物語を盛り上げる要因になっている。
9.『十三番目の人格 ISOLA』(1996)
賀茂由香里は、人の強い感情を読みとることができるエンパスだった。その能力を活かして阪神大震災後、ボランティアで被災者の心のケアをしていた彼女は、西宮の病院に長期入院中の森谷千尋という少女に会う。由香里は、千尋の中に複数の人格が同居しているのを目のあたりにする。このあどけない少女が多重人格障害であることに胸を痛めつつ、しだいにうちとけて幾つかの人格と言葉を交わす由香里。だがやがて、十三番目の人格「ISOLA」の出現に、彼女は身も凍る思いがした。
「BOOK」データベースより引用
『黒い家』の前年に第3回日本ホラー小説大賞の佳作となった、著者のデビュー作品。
エンパスと呼ばれる高い共感能力を持った女性を主人公に、およそ13もの多重人格を持つ少女との関わりを描いたホラー小説。
多重人格者をテーマに心理学の知識もふんだんに取り入れながら、凶暴な人格描写は漏れなく読者を恐怖に陥れる迫力っぷり。
阪神淡路大震災や終盤にかけてまじるSF要素など少し設定がてんこ盛りな感は否めないが、後の著書にも共通する「ゾッとする」上質なホラー小説である。
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