この記事では、国内作家によるおすすめの推理小説を紹介します。
戦前に発表された古典ミステリーから1990年代以降の新本格派、そして令和に発表された最新ミステリーまで、幅広い年代とジャンルの推理小説の中から77作品を厳選したおすすめ記事となっています。
・とにかく面白い推理小説を読みたい
・幅広い年代・ジャンルのミステリーを探したい
なお便宜上1〜77までの順番を付けておりますが、これはあくまで私のお気に入りや、ミステリーとして”強い”作品から順序立てて紹介しているためです。間違っても作品の優劣を付けるものではありませんので、予めご了承ください。
またここに紹介する作品の大部分が電子書籍で読むことが可能です。もちろん紙には紙の良さがありますが、安く買えたり場所を取らなかったりと電子書籍のメリットもあります。是非平行してご利用ください。
- おすすめの国内推理小説77選を紹介する
- 1.『占星術殺人事件』/島田荘司
- 2.『十角館の殺人』/綾辻行人
- 3.『犬神家の一族』/横溝正史
- 4.『点と線』/松本清張
- 5.『火車』/宮部みゆき
- 6.『D坂の殺人事件』/江戸川乱歩
- 7.『双頭の悪魔』/有栖川有栖
- 8.『不連続殺人事件』/坂口安吾
- 9.『戻り川心中』/連城三紀彦
- 10.『姑獲鳥の夏』/京極夏彦
- 11.『大誘拐』/天童真
- 12.『山猫の夏』/船戸与一
- 13.『リヴィエラを撃て』/高村薫
- 14.『ハサミ男』/殊能将之
- 15.『すべてがFになる』/森博嗣
- 16.『黒い白鳥』/鮎川哲也
- 17.『倒錯のロンド』/折原一
- 18.『氷菓』/米澤穂信
- 19.『殺戮にいたる病』/我孫子武丸
- 20.『ガダラの豚』/中島らも
- 21.『カディスの赤い星』/逢坂剛
- 22.『テロリストのパラソル』/藤原伊織
- 23.『アヒルと鴨のコインロッカー』(2003)
- 24.『ワイルドソウル』/垣根涼介
- 25.『乱れからくり』/泡坂妻夫
- 26.『空飛ぶ馬』/北村薫
- 27.『私が殺した少女』/原りょう
- 28.『眠りなき夜』/北方謙三
- 29.『刺青殺人事件』/神津恭介
- 30.『硝子の塔の殺人』/知念実希人
- 31.『マリオネットの罠』/赤川次郎
- 32.『盤上の向日葵』/柚月裕子
- 33.『頼子のために』/法月綸太郎
- 34.『奪取』/真保裕一
- 35.『エトロフ発緊急電』/佐々木譲
- 36.『隠蔽捜査』/今野敏
- 37.『クラインの壺』/岡嶋二人
- 38.『慟哭』/貫井徳郎
- 39.『翳りゆく夏』/赤井三尋
- 40.『葉桜の季節に君を想うということ』/歌野晶午
- 41.『仮面山荘殺人事件』/東野圭吾
- 42.『青の炎』/貴志祐介
- 43.『六人の嘘つきな大学生』/浅倉秋成
- 44.『13階段』/高野和明
- 45.『天使のナイフ』/薬丸岳
- 46.『麦の海に沈む果実』/恩田陸
- 47.『天使の傷痕』/西村京太郎
- 48.『追いつめる』/生島治郎
- 49.『震える牛』/相場英雄
- 50.『ドグラ・マグラ』/夢野久作
- 51.『眼球堂の殺人』/周木律
- 52.『絃の聖域』/栗本薫
- 53.『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』/道尾秀介
- 54.『高層の死角』/森村誠一
- 55.『犯罪者』/太田愛
- 56.『凍える牙』/乃南アサ
- 57.『孤島の来訪者』/方丈貴恵
- 58.『ジェリーフィッシュは凍らない』/市川憂人
- 59.『第三の時効』/横山秀夫
- 60.『さよならドビュッシー』/中山七里
- 61.『medium 霊媒探偵城塚翡翠』/相沢沙呼
- 62.『星降り山荘の殺人』/倉知淳
- 63.『ロートレック荘事件』/筒井康隆
- 64.『イニシエーション・ラブ』/乾くるみ
- 65.『模倣の殺意』/中町信
- 66.『闇に香る嘘』/下村敦史
- 67.『果つる底なき』/池井戸潤
- 68.『アリス殺し』/小林泰三
- 69.『地獄の奇術師』/二階堂黎人
- 70.『法医昆虫学捜査官』/川瀬七緒
- 71.『アルキメデスは手を汚さない』/小峰元
- 72.『楽園のカンヴァス』/原田マハ
- 73.『ストロベリーナイト』/誉田哲也
- 74.『方舟』/夕木春央
- 75.『屍人荘の殺人』/今村昌弘
- 76.『ルビンの壺が割れた』/宿野かほる
- 77.『告白』/湊かなえ
おすすめの国内推理小説77選を紹介する
50作品の紹介前に、77冊を選ぶにあたって設けた考え方をお伝えします。
1.1人の作家に対して紹介するのは1作品のみ
→自分の好きな作家の作品が集中してしまうのを避けるためで、出来るだけ多くの作家による作品を紹介したいという想いもあります。
2.紹介するのは、国内で発表された作品に限る
→海外の推理小説まで広げると50作品に収まりきらないので、ここでは国内小説に限定しています。海外作品は(ミステリーのみではありませんが)下記関連記事で紹介しています。
それでは、おすすめ推理小説77作品の紹介です。
1.『占星術殺人事件』/島田荘司
密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。その後、彼の六人の娘たちが行方不明となり、一部を切り取られた惨殺遺体となって発見された。事件から四十数年、迷宮入りした猟奇殺人のトリックとは!?名探偵御手洗潔を生んだ衝撃作の完全版登場!
「BOOK」データベースより引用
日本を代表する本格派ミステリ作家、島田荘司による人気シリーズ『御手洗潔シリーズ』の1作目。
6人の娘の惨殺遺体が発見されるという残虐性や事件を解決する名探偵御手洗潔の鮮やかさ、ホームズとワトソンを想起させる石岡とのコンビも特徴だが、本作に限って言えばそのトリックが最大の特徴。
読者の度肝を抜いたその仕掛けは漫画金田一少年の事件簿でも流用されたことでも有名。日本ミステリー界に燦然と輝く珠玉のトリックを思う存分楽しんでもらいたい、そんな作品である。
2.『十角館の殺人』/綾辻行人
十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の七人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける!
「BOOK」データベースより引用
それまでの本格派推理小説と一線を画す内容から「新本格派」と呼ばれ、90年代前半にかけ新本格派ブームを巻き起こすきっかけとなった作品。
綾辻行人といえば新本格ミステリーの中心的存在である。その作者のデビュー作は圧倒的なクオリティを誇り、何と言ってもラストの1ページ(1行)を読んだ時の衝撃は、何年経っても鮮明に記憶に残っている。
なお本作は人気シリーズ『館シリーズ』の1作目でもある。2作目以降も名作揃いなので是非全作品読破をおすすめする。
3.『犬神家の一族』/横溝正史
信州財界一の巨頭、犬神財閥の創始者犬神佐兵衛は、血で血を洗う葛藤を予期したかのような条件を課した遺言状を残して他界した。血の系譜をめぐるスリルとサスペンスにみちた長編推理。
「BOOK」データベースより引用
かの有名な名探偵金田一耕助シリーズの中でも、『八つ墓村』と双璧をなす名作。
あちらはミステリーというよりエログロありの冒険小説といったテイストであるため、ミステリー色が強い本作をチョイス。
猟奇的な殺人事件に秘められた思いもよらない仕掛けや個性的な登場人物の”狂気”をしっかりかき分ける人物描写は、昭和・戦後の日本の風習や時代背景を色濃く反映しているが、一級品のミステリーは時代を超えて愛されると言わんばかりに現代でも変わらぬ読み応えを感じさせてくれる。
なお本作は『Kindle Unlimited』読み放題対象作品である。
4.『点と線』/松本清張
舞台は昭和三十年代。福岡市香椎の岩だらけの海岸で寄り添う死体が見つかったのは、汚職事件渦中にある某省課長補佐と料亭の女中。青酸カリ入りのジュース瓶がのこされ、警察ではありふれた心中事件と考えた。しかし、何かがおかしい──と福岡の老警官と東京のヒラ刑事は疑問を抱く。うたがわしい政商は事件当時、鉄道で北海道旅行中。そのアリバイは鉄壁だった。
「BOOK」データベースより引用
昭和を代表する社会派ミステリの名手、松本清張の代表作であり、本作は著者が初めて書いた長編推理小説でもある。
本作品はミステリーとしての純度が高いが、他にもサスペンス要素の強い『ゼロの焦点』『砂の器』など名作は多数存在する。
新幹線開通前の日本を舞台とした急行電車の時刻表トリック、そしてそのアリバイ崩しの手法は非の打ち所がないほど素晴らしい。
またただのミステリーに留まらず企業汚職をからめた社会性、そして人物の心情の揺れ動きを詳細に描く描写力の高さが、半世紀以上たった今でも松本清張作品が世に愛されている所以であると思う。
5.『火車』/宮部みゆき
休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して―なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?謎を解く鍵は、カード会社の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
「BOOK」データベースより引用
自らの意思で婚約者の前から失踪した女性を捜索する、親戚の刑事の視点から描いたミステリー小説。
タイトルから連想できる「火の車」からも推察できる自己破産をテーマに、カード社会に潜む闇を扱った社会派小説としても後世に語り継がれるべき名作。
クレジットカードが今ほどは普及していなかった1990年代にこの題材を扱える著者の力量には脱帽する。
ミステリーだけでなくSFやファンタジー、時代小説と様々なジャンルで優れた作品を発表し続ける宮部みゆき作品の中でも特におすすめ。
6.『D坂の殺人事件』/江戸川乱歩
私は東京のD坂にある白梅軒という喫茶店で、明智小五郎という探偵小説好きの妙な男と話していた。すると向かいの古本屋の様子がおかしい。なんとその店の妻が首を絞められて死んでいたのだ。様々な状況証拠から、私は明智が犯人ではないかと推理するが…。(表題作より)国民的名探偵が初めて登場する記念すべき表題作を始め、推理・探偵小説を中心に収録。
「BOOK」データベースより引用
日本の探偵小説・推理小説の礎を築いた江戸川乱歩、大人気『明智小五郎シリーズ』の第1作。
文京区団子坂を舞台に、主人公の”私”と明智小五郎が初めて対峙する密室殺人事件発生〜解決までの一連の流れを描いている。
非常に短い短編であり、30分もあれば十分に読める分量でありながら、本格推理小説にふさわしい論理で構築されており、また心理学に関する記述はその後のシリーズにも繋がっていく。
『明智小五郎シリーズ』は続編の『心理試験』、長編であれば『黒蜥蜴』も素晴らしい出来だが、シリーズを語る上でこの作品を外すことは出来ない。
なお本作は『Kindle Unlimited』読み放題対象作品である。
7.『双頭の悪魔』/有栖川有栖
他人を寄せつけず奥深い山で芸術家たちが創作に没頭する木更村に迷い込んだまま、マリアが戻ってこない。救援に向かった英都大学推理研の一行は、大雨のなか木更村への潜入を図る。江神二郎は接触に成功するが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された木更村の江神・マリアと夏森村のアリスたち、双方が殺人事件に巻き込まれ、各々の真相究明が始まる…。
「BOOK」データベースより引用
新本格派の代表作家の1人である有栖川有栖、国名シリーズや読者への挑戦などエラリー・クイーンの影響を色濃く受けた作風で知られる推理小説家で、代表作として「作家アリス」「学生アリス」2つのシリーズがある。
本作は「学生アリス」シリーズの第3作目、大学の推理小説研究会に所属する主人公アリスが、人里離れた田舎村で事件に遭遇する。
「学生アリス」シリーズ長編の特徴でもあるクローズド・サークルを生かしたトリック、探偵役である江神二郎の魅力、そして読者への挑戦状は作中に3回も登場するなど、シリーズ随一の内容であり、有栖川有栖の魅力がたっぷりと詰まった名作である。
8.『不連続殺人事件』/坂口安吾
戦後間もないある夏、詩人・歌川一馬の招待で、山奥の豪邸に集まったさまざまな男女。作家、詩人、画家、劇作家、女優など、いずれ劣らぬ変人・奇人ぞろい。邸内に異常な愛と憎しみが交錯するうちに、世にも恐るべき、八つの殺人が生まれた!不連続殺人の裏に秘められた悪魔の意図は何か?鬼才安吾が読者に挑んだ不滅のトリック!多くのミステリ作家が絶賛する、日本推理小説史に輝く傑作
「BOOK」データベースより引用
純文学界にもその名を轟かす坂口安吾の、推理小説家としてのもう一つのデビュー作。
心理の足跡というトリック、一つ一つの事件の足跡から推理を組み立て、真犯人を究明していく論理性は非の打ち所がない。
序盤は登場人物の多さに、中盤は登場人物の下衆さに苦心するかもしれないが、それを超えてたどり着きたいと思わせるラストが待ち受けている。
高木彬光と法月綸太郎両氏による解説も、当時の時代背景や著者の才能を語っている。本編とあわせて貴重な読み物として楽しんでいただきたい。
なお本作は『Kindle Unlimited』読み放題対象作品である。
9.『戻り川心中』/連城三紀彦
大正歌壇の寵児・苑田岳葉。二度の心中未遂事件で、二人の女を死に迫いやり、その情死行を歌に遺して自害した天才歌人。岳葉が真に愛したのは?女たちを死なせてまで彼が求めたものとは?歌に秘められた男の野望と道連れにされる女の哀れを描く表題作は、日本推理作家協会賞受賞の不朽の名作。耽美と詩情―ミステリ史上に輝く、花にまつわる傑作五編。
「BOOK」データベースより引用
大正時代に活躍し自害した歌人、その真相に友人である主人公が迫る、というストーリーの短編。
菖蒲の花をテーマに作品全体が美しく鮮やかな情景描写に溢れ、また多くの詩から読み取れる歌人の心理描写が叙情的な儚さを醸し出す。純文学としても完成度が凄まじく高い。
一方で2度の心中に隠された真相を、細やかな伏線を活用しながら暴き出す終盤はミステリーとしても素晴らしいものであり、日本推理作家協会賞を受賞したことから分かるように、洗練された推理小説として幅広く高い評価を受けている。
10.『姑獲鳥の夏』/京極夏彦
この世には不思議なことなど何もないのだよ―古本屋にして陰陽師が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第一弾。東京・雑司ケ谷の医院に奇怪な噂が流れる。娘は二十箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津らの推理を超え噂は意外な結末へ。
「BOOK」データベースより引用
著者がデザイン会社勤務中に執筆したデビュー作であり、京極堂こと中禅寺秋彦を探偵役とした「百鬼夜行シリーズ」の1作目でもある。
20ヶ月もの間妊娠し続ける妻、密室から失踪した夫、久遠寺家にまつわる奇怪な噂を「憑き物落とし」として京極堂が解決していく。
ミステリでありながら民俗的要素が強く、伝奇小説のジャンルにも分類される。と言いつつオカルト全開の内容かと思いきや、東洋医学や心理学など学問的知見も散見される。
作品全体に漂う怪しい雰囲気はシリーズ通しての特徴であり、次作『魍魎の匣』をはじめ根強い人気を誇る。
11.『大誘拐』/天童真
三度目の刑務所生活で、スリ師戸並健次は思案に暮れた。しのぎ稼業から足を洗い社会復帰を果たすには元手が要る、そのためには―早い話が誘拐、身代金しかない。雑居房で知り合った秋葉正義、三宅平太を仲間に、準備万端調えて現地入り。片や標的に定められた柳川家の当主、お供を連れて持山を歩く。…時は満ちて、絶好の誘拐日和到来。三人組と柳川としの熱い日々が始まる!
「BOOK」データベースより引用
その名の通り「誘拐」をテーマにした、1978年発表のミステリー。
刑務所で知り合ったコソ泥3人組が、紀州一の大金持ちである老婦人の誘拐を企てる、というストーリー。
人質と誘拐犯の関係性、100億円という途方もない身代金とその受け渡し方法や、犯人と警察の駆け引きなど、どれも他の誘拐を題材にした小説とは一線を画した内容となっており、タイトルにふさわしい壮大なスケールである。
結末も犯人たちの性格をよく反映したストーリーであり、このテーマにしては珍しく非常に後味の良いラストとなっている。
12.『山猫の夏』/船戸与一
ブラジル東北部の町エクルウは、アンドラーデ家とビーステルフェルト家に支配されている。両家はことごとに対立反目し、殺し合いが絶えない。そんな怨念の町に「山猫」こと弓削一徳がふらりと現れた。山猫の動く所、たちまち血しぶきがあがる。謎の山猫の恐るべき正体はいつ明かされる。
「BOOK」データベースより引用
日本冒険小説協会大賞の受賞回数は史上最多の6回、名実ともに冒険小説の第一人者である著者の代表作であるが、ミステリーとしても名高い本作品。吉川英治新人文学賞を受賞したことでも知られている。
ブラジルの田舎町を舞台に、互いに憎み合う両家を利用する日本人の”山猫“。おびただしい数の死者が出る血なまぐさいストーリーであるものの、強烈で人を惹きつける山猫のキャラクターに加えて迫力あるアクション、先の読めない展開とまさにロマン溢れる冒険小説である。
またブラジルをめぐる世界情勢や、現地移民の歴史など物語を支える情報も過不足なく詰まっており、最後まで読めば灼熱のブラジルの大地に焦がれることは間違いないだろう。
なお登場人物や設定は異なるものの、同じく南米を舞台にした『神話の果て』『伝説なき地』とともに南米三部作と呼ばれている。
13.『リヴィエラを撃て』/高村薫
1992年冬の東京。元IRAテロリスト、ジャック・モーガンが謎の死を遂げる。それが、全ての序曲だった―。彼を衝き動かし、東京まで導いた白髪の東洋人スパイ『リヴィエラ』とは何者なのか?その秘密を巡り、CIAが、MI5が、MI6が暗闘を繰り広げる!空前のスケール、緻密な構成で国際諜報戦を活写し、絶賛を浴びた傑作。
「BOOK」データベースより引用
米英中と日本、世界を股にかけた国際諜報戦に、北アイルランド問題を絡めたスパイ小説。
物語の鍵を握る白髪の東洋人リヴィエラ、各国の諜報部員や地元警察らが彼の素性を追い求める、という流れで物語は進む。
その過程で、ある殺人事件の被害者と加害者、黒幕といった全容が次第に見えてくるストーリー展開も素晴らしいが、何と言ってもこの作品の魅力は登場人物を突き動かす”信念“であり、それを文面から感じることで得られる”臨場感“である。
CIAやMI5,6、日英の地元警察にIRAのテロリスト。立場は違えど皆それぞれの国や組織が掲げる”信念”の元に行動しており、そこには彼らなりの”正義“が生まれるわけである。
日本人の作家が、多くの国・組織に股がる登場人物を巧みに操り、これほど臨場感のある作品を描くことの出来るという事実に感動する。
14.『ハサミ男』/殊能将之
美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。
「BOOK」データベースより引用
連続美少女殺人事件の犯人が模倣犯に獲物を横取りされたことをきっかけに、その犯人を調べ始めるというストーリー。
秀逸なストーリー展開とトリックが特徴で、特に作品に仕掛けられた叙述トリックは、来ると分かっていても初見ではまず見抜くことはできない。
また「ハサミ男」というタイトルにも仕掛けがなされている。テーマや内容は確実に人を選ぶ作品だが、このジャンルでは名作の部類に入るだろうと思う。
15.『すべてがFになる』/森博嗣
孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む。新しい形の本格ミステリィ登場。
「BOOK」データベースより引用
元名古屋大学助教授、工学者であり小説家であり「理系ミステリ」と呼ばれる作風でも知られる著者のデビュー作。
著者の作品には多くのシリーズものが存在するが、本作は犀川創平と西之園萌絵が主人公の『S&Mシリーズ』の1作目としても知られている。
クローズドサークルや密室殺人といったミステリの鉄板設定でありながら、1996年当時には最先端・近未来と言えるAI技術やITテクノロジーをふんだんに取り入れた画期的なミステリー作品と言える。
登場人物のキャラは立っているし、テンポの良い会話も手伝って専門用語が多くとも読むのにそこまで苦にならない。特に真賀田四季の不気味さ、恐ろしさは他作品含めて魅力的。
理系であればオチが読める人もいるかもしれないが、それでもタイトルに込められた意味が回収されるラストは素晴らしい。
16.『黒い白鳥』/鮎川哲也
労働争議に揺れる東和紡績の常務令嬢敦子と、労働組合副委員長の鳴海は恋人同士。さながらロミオとジュリエットだが、社長の死を契機に労使間は雪融けを迎えつつあり、二人の春も遠くはない。その気分も手伝ってか、敦子は社長殺しの一件を探偵しようと提案。怪しいと目星をつけた灰原秘書のアリバイ捜査に赴いたバー『ブラックスワン』で、鳴海は事件の鍵を握る人物と出遇う。
「BOOK」データベースより引用
アリバイ崩しで有名な「鬼貫警部シリーズ」。シリーズ3作目となる本作は、4作目『憎悪の化石』と合わせて1960年に第13回日本探偵作家クラブ賞を受賞している。
時刻表を用いたアリバイトリックと、それを周囲に悟られまいとする犯人の隠蔽工作が、鬼貫警部の真骨頂であるアリバイ崩しによって明らかになっていく。
松本清張の『点と線』よろしく、時刻表トリックは現代で再現するのはかなり難しいだろうが、それでも過去作品の評価を落とすことにはならないと改めて感じる。
またこの作品は解決編も特徴である。犯人自らが真相を吐露し事件の幕を降ろす結末は、エピローグを含めて哀愁を感じさせる。
17.『倒錯のロンド』/折原一
精魂こめて執筆し、受賞まちがいなしと自負した推理小説新人賞応募作が盗まれた。―その“原作者”と“盗作者”の、緊迫の駆け引き。巧妙極まりない仕掛けとリフレインする謎が解き明かされたときの衝撃の真相。鬼才島田荘司氏が「驚嘆すべき傑作」と賞替する、本格推理の新鋭による力作長編推理。
「BOOK」データベースより引用
「叙述トリックの名手」と呼ばれる折原一の代表作、国内ミステリーを語る上ではこの作家もまた外すことは出来ない。
盗まれた小説”盗作“をトリガーとして発生する犯罪心理の生々しい描写や、原作者vs盗作者の巧妙な駆け引き、そしてなぜか感情移入出来ない登場人物の人物描写も、全ては計算し尽くされたプロットのため。
ラストに待ち受けるどんでん返しのカタルシスは全てのミステリー好きに味わってほしい。
内容としても文句なしの本作がなぜ江戸川乱歩賞を受賞出来なかったのか。確かにトリックは反則手ギリギリとも取れるかもしれないが。。
18.『氷菓』/米澤穂信
いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実―。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ登場!第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞。
「BOOK」データベースより引用
京都アニメーション制作でアニメ化もされた大人気シリーズ「古典部シリーズ」の1作目。
省エネを信条とする高校生折木奉太郎が、なりゆきで入部した古典部で仲間たちと日常や学園に潜む謎を解決していくという物語。
様々な設定のミステリーを幅広く執筆している著者だが、中でもこちらは殺人や強盗などの重犯罪が起こらない、いわば誰も傷つけないミステリーとして幅広い世代から人気を集めている。
一つ一つのエピソードはもちろん、シリーズ全体として着眼点が素晴らしい。そして上述したアニメ版も原作に忠実に、丁寧に作られており非常に好感が持てる。小説の売れ行きにもポジティブな影響を与えていると思う。
19.『殺戮にいたる病』/我孫子武丸
東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるシリアルキラーが出現した。くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇、平凡な中流家庭の孕む病理を鮮烈無比に抉る問題作!
「BOOK」データベースより引用
「ミステリー」という観点からすればほぼ非の打ち所がない。トリックの切れ味は素晴らしく、初見ではほぼ間違いなく見破ることは出来ないだろう。
また作品全体から醸し出される不気味さもこの作品の特徴、怪しい雰囲気は唯一無二であり他の作家には描けないものであると思う。
ただ何と言っても後味の悪さ、気持ち悪さが行き過ぎているのがマイナスポイントになる。一度は読んでみてほしいが万人受けはしない、名作であり迷作。
20.『ガダラの豚』/中島らも
アフリカにおける呪術医の研究でみごとな業績を示す民族学学者・大生部多一郎はテレビの人気タレント教授。彼の著書「呪術パワー・念で殺す」は超能力ブームにのってベストセラーになった。8年前に調査地の東アフリカで長女の志織が気球から落ちて死んで以来、大生部はアル中に。妻の逸美は神経を病み、奇跡が売りの新興宗教にのめり込む。大生部は奇術師のミラクルと共に逸美の奪還を企てるが…。超能力・占い・宗教。現代の闇を抉る物語。まじりけなしの大エンターテイメント。
「BOOK」データベースより引用
娘を事故で亡くしたことがきっかけで新興宗教にハマった妻を取り戻す大学教授。これだけも十分長編小説のネタになりそうだが、これが導入部でしかないというのだから驚きである。
アフリカの秘境に生きる呪術師を巻き込んだスリリングな冒険小説が待ち受けており、そのワクワク感満載のストーリーが読者の心を掴んで離さない。
また主人公の大生部教授を筆頭にクセの強いキャラクターが多く、彼らのコミカルな会話によって作品のリズムが生まれている点も見過ごせない魅力。
超能力や奇術といった突飛な内容を扱いつつも、民俗学や心理学といったタネと仕掛けのあるトリックであり理解もしやすく、エンタメ作品としての価値向上につながっている。
21.『カディスの赤い星』/逢坂剛
フリーのPRマン・漆田亮は、得意先の日野楽器から、ある男を探してくれと頼まれる。その男の名はサントス、20年前スペインの有名なギター製作家ホセ・ラモスを訪ねた日本人ギタリストだという。わずかな手掛りをもとに、サントス探しに奔走する漆田は、やがて大きな事件に巻きこまれてゆく…。国際冒険小説の達成点。
「BOOK」データベースより引用
日本冒険小説協会大賞、日本推理作家協会賞、直木賞と三冠を達成した逢坂剛の代表作。
洒落の効いた小気味良い会話に、スリルたっぷりのアクションシーン。ひりつく展開が特徴の冒険小説である。
フリーのPRマンが(上客の後ろ盾があるとしても)これほどの大立ち回りが出来るのか?と首を傾げたくなるような場面も多少あるが、そうした要素を除外しても、日本とスペインの2カ国に跨って展開される重厚なハードボイルド小説としての評価は疑いようがない。
また作中では著者が好むスペインとフラメンコの知識が存分に生かされており、フランコ独裁政権終焉間際のスペインの様子が臨場感を持って描かれている。世界を股にかけた国際冒険小説として高評価を得ている。
22.『テロリストのパラソル』/藤原伊織
ある土曜の朝、アル中のバーテン・島村は、新宿の公園で一日の最初のウイスキーを口にしていた。その時、公園に爆音が響き渡り、爆弾テロ事件が発生。死傷者五十人以上。島村は現場から逃げ出すが、指紋の付いたウイスキー瓶を残してしまう。テロの犠牲者の中には、二十二年も音信不通の大学時代の友人が含まれていた。島村は容疑者として追われながらも、事件の真相に迫ろうとする―。
「BOOK」データベースより引用
主人公のバーテンダーが、新宿で発生した爆破テロの容疑者となってしまう。事件で死亡した友人のため、追われながらも真相を追う物語。
ハードボイルド小説に分類されるが、アル中のバーテンである主人公はキャラが立っていて魅力的だし、周辺人物もクセがありながらもそれぞれ個性を感じられる人物設定・描写である。
多少ご都合主義な展開もあるが、ミステリーとしてよりむしろ文学作品としての完成度が高い。史上唯一江戸川乱歩賞と直木賞をW受賞した作品としても広く知られている。
23.『アヒルと鴨のコインロッカー』(2003)
引っ越してきたアパートで出会ったのは、悪魔めいた印象の長身の青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけてきた。彼の標的は―たった一冊の広辞苑!?そんなおかしな話に乗る気などなかったのに、なぜか僕は決行の夜、モデルガンを手に書店の裏口に立ってしまったのだ!注目の気鋭が放つ清冽な傑作。第25回吉川英治文学新人賞受賞作。
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ヒットメイカー伊坂幸太郎の著作において(多くの人気作品の中でも)ミステリー色が強く、本格推理小説としても高い評価を受けているのが、この『アヒルと鴨のコインロッカー』である。
2004年には本作品で吉川英治文学新人賞を受賞し、伊坂幸太郎の名を一気に全国区に押し上げている。
登場人物の飄々とした雰囲気やテンポの良いやりとりはそのままに、なぜ広辞苑一冊のために本屋を襲撃するのか、2年前と現在を交互に行き来しながら次第にその全容を覗かせるストーリー展開が見事。
ラストに仕掛けられたトリックが炸裂する瞬間は、ミステリー作家としても一級品であると感じさせられる。
24.『ワイルドソウル』/垣根涼介
その地に着いた時から、地獄が始まった―。1961年、日本政府の募集でブラジルに渡った衛藤。だが入植地は密林で、移民らは病で次々と命を落とした。絶望と貧困の長い放浪生活の末、身を立てた衛藤はかつての入植地に戻る。そこには仲間の幼い息子、ケイが一人残されていた。そして現代の東京。ケイと仲間たちは政府の裏切りへの復讐計画を実行に移す!歴史の闇を暴く傑作小説。
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棄民とも呼ばれる日本政府に見放されたブラジル移民たちの実態と、日本政府への復讐劇を描いたサスペンス。
序章に当たる1960年代のブラジル移民の描写は暗澹たる気持ちになるが、ここで感情移入をさせることによりその後の疾走感あふれる復讐劇に繋がってくるのだと思う。
恋愛要素やサスペンス要素を入り混じらせ、これしかないという結末に落ち着かせる。爽快感を感じさせるラストに著者の筆力を感じる。
歴史を知ることはもちろん重要だが、復讐劇を報じるメディア側の登場人物である貴子を通して、現代を生きる人が自らの人生に意義や目的を見出すこと、その大切さを発信した作品ではないだろうか。
日本推理作家協会賞、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞のトリプル受賞を果たした傑作。なお吉川英治文学新人賞は、前述の『アヒルと鴨のコインロッカー』とのW受賞である。
25.『乱れからくり』/泡坂妻夫
玩具会社の部長馬割朋浩は降ってきた隕石に当たり命を落としてしまう。その葬儀も終わらぬうちに彼の幼児が誤って睡眠薬を飲んで死亡する。さらに死に神に魅入られたように馬割家の人々に連続する不可解な死。一族の秘められた謎と、ねじ屋敷と呼ばれる同家の庭に造られた巨大迷路に隠された秘密を巡って、男まさりの女流探偵と新米助手の捜査が始まる。
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ある玩具会社の創業一族をめぐる連続殺人を描いた本格ミステリ。タイトルや人物設定からもわかるとおり、機械仕掛けのおもちゃやからくり、またそれらにまつわるウンチクが多く登場する。
オープニングを飾る第一の死は隕石落下による事故死という荒唐無稽なものであるが、次第に連続殺人を匂わせる展開となり、ラストはフェアな本格ミステリにふさわしい結末が待っている。
予想を超えるフーダニット(誰が犯行を行ったか)は最大の魅力であり、また犯人や被害者・容疑者らの心情は作品のタイトルにぴったりとマッチしている。
昭和を代表する名作ミステリであることは間違いないが、メインキャラクターの設定が生かしきれていない点が唯一残念である。シリーズものであれば良かったのが、著者が没した今では望むべくもない。
26.『空飛ぶ馬』/北村薫
女子大生と円紫師匠の名コンビここに始まる。爽快な論理展開の妙と心暖まる物語。
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「日常の謎」を主に扱う推理作家、北村薫のデビュー作。このジャンルは先に紹介した米澤穂信の「古典部シリーズ」もおすすめである。
本作は女子大生である主人公の”私”と、落語家”春桜亭円紫”のコンビによる人気シリーズ「円紫さんシリーズ」の1作目でもある。
本を開くとまず目に入る宮部みゆきによる推薦文、「論理の面白さと人間ドラマの幸せな結婚」という表現に期待値が上がりまくるが、それを軽くいなすかのように穏やかで上質な文章、そして探偵役である春桜亭円紫による冷静で論理的な思考。静かな心で読むことができる上質なミステリー。
27.『私が殺した少女』/原りょう
まるで拾った宝くじが当たったように不運な一日は、一本の電話ではじまった。私立探偵沢崎の事務所に電話をしてきた依頼人は、面会場所に目白の自宅を指定していた。沢崎はブルーバードを走らせ、依頼人の邸宅へ向かう。だが、そこで彼は、自分が思いもかけぬ誘拐事件に巻き込まれていることを知る…緻密なストーリー展開と強烈なサスペンスで独自のハードボイルド世界を確立し、日本の読書界を瞠目させた直木賞・ファルコン賞受賞作。
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「私立探偵沢崎シリーズ」の2作目、本作で直木賞も受賞した人気ハードボイルド小説である。
これぞシニカルと言わんばかりに皮肉のたっぷり効いた挑発的なセリフ、大胆不敵な行動とそれを裏付けする明晰な頭脳。シリーズを通して、主人公である沢崎の魅力あふれるキャラクター設定が見事である。
また本作品は少女の誘拐を題材にしているが、フーダニッド(誰が殺したか)に焦点を当てた誘拐ミステリーとしても高いクオリティを保っている。掴んでは消える犯人への手がかりはもどかしくもあるが、これが終盤になって効いてくる。
単独で読んでももちろん楽しめるが、シリーズは全部で5作品。以下に纏めた通りまずは『そして夜は甦る』から、順番に読み進めていくことをお勧めする。
1.『そして夜は甦る』(1988)
2.『私が殺した少女』(1989)
3.『さらば長き眠り』(1995)
4.『愚か者死すべし』(2004)
5.『それまでの明日』(2018)
28.『眠りなき夜』/北方謙三
弁護士・谷の同僚、戸部が失踪、つづいて彼と関わりのあった小山民子が殺された。彼女が書き残したメモを手がかりに、谷は山形県S市に飛んだ。事件の深奥を探る中、早速、3人組に襲われる。黒幕とみられる大物政治家・室井などの名が浮かぶが、事件の謎は深まるばかり。そして戸部の惨殺体発見……。民子との間に何があったのか?室井との関連は?友の死を追って、谷は深い闇を解明すべく、熱い怒りを雪の街に爆発させる。
「BOOK」データベースより引用
国内ハードボイルド小説を語る上では外せない著者の代表作。吉川英治文学新人賞に加え第1回日本冒険小説協会大賞も受賞した名作である。
同僚弁護士の失踪が、山形と東京を舞台に政治家が絡む壮大な事件へと発展していく展開はスピード感満載。
また犯人、黒幕は物語を読み進める上で予想可能であるが、そこに予想不可能な+αの結末と切なさが用意されている点が素晴らしい。考え抜かれた著者の計算にハマるある種の心地良さがある。
北方謙三作品は登場人物のリンクも魅力の一つである。弁護士谷は続編『夜が傷つけた』でも登場、また作中で登場する高樹警部は『檻』や「挑戦シリーズ」にも脇役として登場するだけでなく、「老犬シリーズ」では主人公として活躍している。
29.『刺青殺人事件』/神津恭介
野村絹枝の背中に蠢く大蛇の刺青。艶美な姿に魅了された元軍医・松下研三は、誘われるままに彼女の家に赴き、鍵の閉まった浴室で女の片腕を目にする。それは胴体のない密室殺人だった―。謎が謎を呼ぶ事件を解決するため、怜悧にして華麗なる名探偵・神津恭介が立ち上がる!江戸川乱歩が絶賛したデビュー作であると同時に、神津恭介の初登場作。
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上述した坂口安吾の『不連続殺人事件』と第2回探偵作家クラブ賞を争った、探偵神津恭介シリーズの1作目であり、著者のデビュー作でもある本作。
序盤刺青の魅力や描写が続き事件発生までが長く感じられるが、それすらも作者の仕掛けに感じられる。
密室トリックやアリバイトリックをただ解くのではなく、そこに仕掛けられた心理トリックを明確な論理性を持って看破していく神津恭介の推理はこの時代の作品とは思えぬほど際立っている。
ただ一点、探偵神津恭介が登場するのは全体の2/3以上が過ぎてからであり、そこから事件解決までがあまりにも短く神津の魅力が十分に語りきれてないところが難点か。これはシリーズ続編をぜひ読んでみて欲しい。
30.『硝子の塔の殺人』/知念実希人
雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。
謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!
「BOOK」データベースより引用
現役の医師でありながら、医療を題材にした小説だけでなくミステリーでも注目を集める作家”知念実希人“。
本作は2021年に発表された、著者初の本格ミステリ長編である。雪山にそびえ立つ特徴的な硝子の塔、クローズドサークルで起こる連続殺人、読者への挑戦と、まさに本格ミステリの要素がてんこ盛りとなっている。
島田荘司が新本格ミステリのフィナーレと評している通り、ここ数十年の新本格派へのリスペクトが感じられる記述が散見される(文体が少し軽めではあるが)だけでなく、終盤の展開は上昇する期待値を軽々と超えてくる衝撃度である。
31.『マリオネットの罠』/赤川次郎
“私の事を、父は「ガラスの人形」だと呼んでいた。脆い、脆い、透き通ったガラスの人形だと。その通りかもしれない”…森の館に幽閉された美少女と、大都会の空白に起こる連続殺人事件の関係は?錯綜する人間の欲望と、息もつかせぬストーリー展開で、日本ミステリ史上に燦然と輝く赤川次郎の処女長篇。
「BOOK」データベースより引用
『三毛猫ホームズ』『セーラー服と機関銃』など有名シリーズ多数、執筆数はなんと600作品超という赤川次郎の処女長編。
誰がやったのか(フーダニット)、どうやったのか(ハウダニット)が物語前半で解明されているにもかかわらず、なぜやったのか(ホワイダニット)動機一点のみでここまで惹きつけられるものだろうか。
終盤まで読者を飽きさせないスピーディーな展開、そして大どんでん返しともいうべき衝撃の結末は処女長編とは思えない完成度。
また時代背景や設定など、古さをあまり感じさせないのは、本作品にかかわらず著者の特徴である。
流行を取り入れない/取材をしないというポリシーを持つ著者だからこそ、時代が移り変わっても新鮮味が薄れることがないのかもしれない。
32.『盤上の向日葵』/柚月裕子
平成六年、夏。埼玉県の山中で身元不明の白骨死体が発見された。遺留品は、名匠の将棋駒。叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志した新米刑事の佐野は、駒の足取りを追って日本各地に飛ぶ。折しも将棋界では、実業界から転身した異端の天才棋士・上条桂介が、世紀の一瞬に挑もうとしていた。重厚な人間ドラマを描いた傑作ミステリー。
「BOOK」データベースより引用<
将棋の駒が慰留品として発見された殺人事件の真相を追う刑事と、1人の棋士の人生を描いた物語。
地道な捜査で犯人を絞り込んでいく過程はミステリーとして素晴らしく、また物語のキーとなる天才棋士の人生を幼少期から掘り下げていくことでヒューマンドラマにもなっていて、物語自体に厚みが出ている。
2018年本屋大賞2位に選ばれたのも納得の作品。
33.『頼子のために』/法月綸太郎
「頼子が死んだ」。十七歳の愛娘を殺された父親は、通り魔事件で片づけようとする警察に疑念を抱き、ひそかに犯人をつきとめて刺殺、自らは死を選ぶ―という手記を残していた。しかし、手記を読んだ名探偵法月綸太郎が真相解明に乗り出すと、驚愕の展開が。著者の転機となった記念碑的作品。長く心に残る傑作!
「BOOK」データベースより引用
名探偵法月綸太郎シリーズの3作目。ペンネームと同姓同名の人物を登場させる点、名探偵役が自信の父親である警察官とコンビで事件を解決する点など、エラリー・クイーンの影響を多く受けている。
ある通り魔事件に隠された真相を、関係者の手記から突き止めていくメタ構造のミステリー。結末まで真相が分からず、それでいて謎解きのテンポは良い。シリーズの中でも屈指のクオリティを誇る。
なお本作『頼子のために』を読む前には1作目『雪密室』を読んでおくことが望ましい。関連性や順番を以下の個別記事参照の上、読み進めてほしい。
34.『奪取』/真保裕一
一千二百六十万円。友人の雅人がヤクザの街金にはめられて作った借金を返すため、大胆な偽札造りを二人で実行しようとする道郎・22歳。パソコンや機械に詳しい彼ならではのアイデアで、大金入手まであと一歩と迫ったが…。日本推理作家協会賞と山本周五郎賞をW受賞した、涙と笑いの傑作長編サスペンス。
「BOOK」データベースより引用
偽札作りに命をかける若者たちの奮闘を描いたサスペンス。あらすじに「涙と笑いの」とあるように軽快な会話シーンも多く、序盤からのテンポの良さが特徴。
中盤以降は製紙や印刷技術の説明描写が続くが、これらは偽札作りの鍵であるが故の必要なシーン。これらの綿密な設定が真保裕一作品の根幹であり、改めて取材力や知識量に感服する。
この中盤があるからこそ、終盤はスピード感と爽快感が感じられる内容となっている。文庫本上下巻で1000ページ近い分量であるが、結果として「長さ」は気にならず読破することが出来るだろう。
35.『エトロフ発緊急電』/佐々木譲
1941年12月8日、日本海軍機動部隊は真珠湾を奇襲。この攻撃の情報をルーズベルトは事前に入手していたか!?海軍機動部隊が極秘裡に集結する択捉島に潜入したアメリカ合衆国の日系人スパイ、ケニー・サイトウ。義勇兵として戦ったスペイン戦争で革命に幻滅し、殺し屋となっていた彼が、激烈な諜報戦が繰り広げられる北海の小島に見たものは何だったのか。山本賞受賞の冒険巨篇。
「BOOK」データベースより引用
上述の『奪取』に引き続き、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞とのW受賞を果たした名作。
第二次世界大戦、日米開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃をテーマとした小説。
第二次世界大戦三部作の二作目であり、同シリーズ『ベルリン飛行指令』『ストックホルムの密使』にも共通する人物が多数登場する。
日系アメリカ人のスパイを主人公に、機密保持を徹底しようとする日本側と、諜報活動により作戦内容を事前に入手せんとするアメリカ側との駆け引きを描いたスパイ小説で、憲兵や特高警察と駆け引きや潜入など緊迫した展開が続く。終盤のロマンスも含めてこれぞスパイものならでは。
細部の出来事については解釈の相違があるだろうが、結末を含めて概ね史実通りの内容となっている。
36.『隠蔽捜査』/今野敏
竜崎伸也は、警察官僚である。現在は警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲は“変人”という称号を与えた。だが彼はこう考えていた。エリートは、国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はそれに従って生きているにすぎない、と。組織を揺るがす連続殺人事件に、竜崎は真正面から対決してゆく。警察小説の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
原理原則の信念とキャリアとしてのプライドを持つ警察官、竜崎警視長を主人公とする警察小説。
東大卒のキャリアであり不器用すぎるほどに実直な竜崎のキャラクターは、今までの警察小説では受け入れられなかった個性であると思う。
ところが現場と上層部の板挟みにあいながら、現場指揮官という中間管理職のポジションで業務にあたる主人公の姿に、読み進めるうちに共感を覚えてくる。
シリーズとしての評価も高く、現場で活躍する刑事の勘で事件を解決する、といったような王道の刑事小説とはまた違った魅力がある。
37.『クラインの壺』/岡嶋二人
ゲームブックの原作募集に応募したことがきっかけでヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることになった青年、上杉。アルバイト雑誌を見てやって来た少女、高石梨紗とともに、謎につつまれた研究所でゲーマーとなって仮想現実の世界へ入り込むことになった。ところが、二人がゲームだと信じていたそのシステムの実態は…。現実が歪み虚構が交錯する恐怖。
「BOOK」データベースより引用
岡嶋二人とは井上泉と徳山諄一、二人のコンビによるペンネーム。『99%の誘拐』など誘拐ものでは日本トップクラスの面白さを誇るミステリー作家である。
本作はVRゲームのモニターをすることになった主人公の体験を描いたミステリー、ある意味ではSFサスペンスとも言える内容。
ミステリーとしても設定をうまく使った面白い内容であるが、作品を通して現実と非現実の狭間で揺れる危うさ、主人公の心情がとても”リアルに”描かれている。
今でこそVR(バーチャル・リアリティ)は身近に感じるワードとなったが、本作は平成元年に刊行された作品である。その後の仮想空間を設定に取り入れた作品に多大な影響を与えている(大人気ライトノベル『SAO』も影響を受けたという噂もある)らしい。
38.『慟哭』/貫井徳郎
連続する幼女誘拐事件の捜査は行きづまり、捜査一課長は世論と警察内部の批判をうけて懊悩する。異例の昇進をした若手キャリアの課長をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心をよせる。こうした緊張下で事態は新しい方向へ!幼女殺人や怪しげな宗教の生態、現代の家族を題材に、人間の内奥の痛切な叫びを、鮮やかな構成と筆力で描破した本格長編。
「BOOK」データベースより引用
連続誘拐事件を捜査する刑事を主人公に、事件の真犯人を追うだけでなく新興宗教を絡めた重厚なミステリー。
作品の肝であるトリックについては、見破れるものなら見破ってみろと言わんばかりにヒントが散りばめられており、ミステリー好きなら序盤で分かってしまうかもしれないが、それでも初見では驚きである。
また本作については単なるミステリーで終わらず、タイトルの通り重い苦悩が読者の心にのしかかるようなラストになっている。
決して後味が良くはない、むしろ「イヤミス」の部類に入るが、メッセージ性の強い作品であると言える。
39.『翳りゆく夏』/赤井三尋
「誘拐犯の娘が新聞社の記者に内定」。週刊誌のスクープ記事をきっかけに、大手新聞社が、20年前の新生児誘拐事件の再調査を開始する。社命を受けた窓際社員の梶は、犯人の周辺、被害者、当時の担当刑事や病院関係者への取材を重ね、ついに“封印されていた真実”をつきとめる。
「BOOK」データベースより引用
20年前の誘拐事件が新聞社の窓際社員によって再調査されることになる。特徴は何と言っても序盤から緻密に張り巡らせた伏線。物語序盤から読者を引き込む導入部が終盤になって効いてくる。この作品の評価を決定づけていると言っても過言ではない。
またストーリー展開はもちろんのこと、どことなく人情を感じさせるキャラクター造形と台詞回しも絶妙。
ラジオ局に勤めながら本作で江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビューを果たした著者は、寡作であるが他作品も読みたいと思わせる魅力を秘めている。
40.『葉桜の季節に君を想うということ』/歌野晶午
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。
「BOOK」データベースより引用
このミステリーがすごい!第1位をはじめ、2004年のミステリー賞を総なめにした人気作品。
悪徳商法による詐欺疑惑の真相と、登場人物たちの恋愛模様を描いた推理恋愛小説。ジャンルもそうだが、タイトルも人気に一役買っているのは間違いない。
ミステリーとしての鍵は過去と現在を行き来しながら進むストーリー展開と叙述トリック。ラストは賛否両論はっきりと別れる。
作品としての評価も二分されているが、これも人気作品としての宿命だろうか。絶対に気づけないという点では不公平さを感じる読者が多いのも頷けるが。
41.『仮面山荘殺人事件』/東野圭吾
八人の男女が集まる山荘に、逃亡中の銀行強盗が侵入した。外部との連絡を断たれた八人は脱出を試みるが、ことごとく失敗に終わる。恐怖と緊張が高まる中、ついに一人が殺される。だが状況から考えて、犯人は強盗たちではありえなかった。七人の男女は互いに疑心暗鬼にかられ、パニックに陥っていった…。
「BOOK」データベースより引用
ある別荘に集まった八人の男女、そこに銀行強盗が乱入してくる。
密室の作り方や、そこに至るまでの人物描写は見事で、その後の事件展開には多少違和感を感じるところもあるが、「しっくりこない」まま終わらせず最後にどんでん返しを持ってくるあたりがさすが東野圭吾である。
ミステリ好きには犯人が予想できてしまうかもしれないが、作品に仕掛けられた設定に初見ではまず間違いなく驚かされる。また平易な文章で読みやすく、作品のテンポが良いのも東野作品の特徴である。1〜2時間もあれば読めてしまう分量なので、ミステリー入門としてもおすすめ。
42.『青の炎』/貴志祐介
櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。
「BOOK」データベースより引用
自分の母親と妹を守るため、かつての義父の殺害を企てる少年を主人公としたミステリー。犯人側の視点から描かれた、いわゆる倒叙推理小説である。
その殺害動機から主人公に共感する者も多いが、殺害を決意してから計画〜実行に至るまでの思春期の不安定な心理描写がとてもリアルに描かれている。
加えて情景描写も素晴らしく、この切ない物語に湘南の海が哀しく映える。
『黒い家』『悪の教典』ではホラー作家としての可能性を十二分に示しつつ、『新世界より』ではSF大作を書きあげるなどジャンルの幅広さも著者の強み。本作も青春要素
43.『六人の嘘つきな大学生』/浅倉秋成
成長著しいIT企業「スピラリンクス」の最終選考。最終に残った六人が内定に相応しい者を議論する中、六通の封筒が発見される。そこには六人それぞれの「罪」が告発されていた。犯人は誰か、究極の心理戦スタート。
「BOOK」データベースより引用
新鋭IT企業の採用面接中に巻き起こったある”騒動”、その真相を解き明かす。2020年代、新時代のミステリー。
六人の就活生の内、犯人は誰か。物語の進行とともに二転三転しながら、真犯人が解き明かされていく過程は緊迫感もあり面白い。
壮大なトリックかと思いきやきっかけは小さな伏線や仕掛けであるのも良い。特に後半はそれが怒涛のように押し寄せる。
また日本企業の人材登用のあり方を問うメッセージ性、そして就職活動に挑む大学生の青春など、ミステリー以外の要素もバランスよく含まれている。就職活動をこれから行う世代には唯一おすすめできないかもしれない。
44.『13階段』/高野和明
犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく、刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。だが手掛かりは、死刑囚の脳裏に甦った「階段」の記憶のみ。処刑までに残された時間はわずかしかない。二人は、無実の男の命を救うことができるのか。江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編。
「BOOK」データベースより引用
松山刑務所に勤務する刑務官がある死刑囚の冤罪を晴らすため、傷害致死の前科を持つ若者とともに調査に乗り出すという一風変わった設定のミステリー。
デビュー作にして江戸川乱歩賞受賞作の名にふさわしい出来栄えであり、フーダニットを突き詰めるだけでなく死刑制度・裁判制度にも一石を投じる内容になっている。
かといってそれに縛られすぎることはなく、解説の宮部みゆきの言葉を借りれば、「重いテーマに酔いしれることなく、慎重に冷静に書き進めている」のだと思う。
45.『天使のナイフ』/薬丸岳
生後五ヵ月の娘の目の前で妻は殺された。だが、犯行に及んだ三人は、十三歳の少年だったため、罪に問われることはなかった。四年後、犯人の一人が殺され、檜山貴志は疑惑の人となる。「殺してやりたかった。でも俺は殺していない」。裁かれなかった真実と必死に向き合う男を描いた、第51回江戸川乱歩賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
会社員時代に執筆を始めた著者のデビュー作でありながら、選考委員に絶賛され江戸川乱歩賞を受賞したミステリー作品。
少年犯罪によって妻を無くした主人公の男性が、その真相に迫っていく。後半からラストに向かって二転三転するストーリー展開や、ラストに待ち受ける真実は衝撃的で予想も付かない。
また未成年犯罪という難しいテーマに対して切り込んでいる点も素晴らしい。複数の登場人物に対立する意見を述べさせることで問題提起をするだけでなく、著者として真摯に向き合う姿勢が感じられる。
46.『麦の海に沈む果実』/恩田陸
三月以外の転入生は破滅をもたらすといわれる全寮制の学園。二月最後の日に来た理瀬の心は揺らめく。閉ざされたコンサート会場や湿原から失踪した生徒たち。生徒を集め交霊会を開く校長。図書館から消えたいわくつきの本。理瀬が迷いこんだ「三月の国」の秘密とは?この世の「不思議」でいっぱいの物語。
「BOOK」データベースより引用
恩田陸の水野理瀬シリーズとして人気を誇る本作、3月の国と呼ばれる学園を舞台にした青春ミステリー。
作品全体に漂う暗く重苦しい雰囲気に最初は取っつきにくさを感じるかもしれないが、第一の事件が起こってからは加速度的に面白くなってくる。
学園モノらしく個性のある生徒たちや、物語の鍵を握る校長の存在、そして想像を掻き立てられる学園内の描写と、作品を通して質の高い学園ミステリーに仕上がっている。
「理瀬シリーズ」は水野理瀬を主人公とする長編小説や、スピンオフなど多くの作品がある。順番を意識して読むことをおすすめする。
47.『天使の傷痕』/西村京太郎
武蔵野の雑木林で殺人事件が発生。瀕死の被害者は「テン」と呟いて息を引き取った。意味不明の「テン」とは何を指すのか。デート中、事件に遭遇した田島は、新聞記者らしい関心から周辺を洗う。どうやら「テン」は天使のことらしいと気づくも、その先には予想もしない暗闇が広がっていた。第11回江戸川乱歩賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
十津川警部シリーズで知られるトラベル・ミステリーの名手として知られる著者だが、ここでは鉄道が登場しない初期の長編作品を紹介したい。
被害者が死に際に残したダイイング・メッセージから手がかりを掴み、容疑者を絞り込んでいく切り口は現代では目新しくはないが、誰が・どうやって・なぜ犯行を行ったのか筋道立てて明確化していく展開が非常に秀逸。
特に動機の部分はラストに真相が判明するので、犯人が途中で察しが付いてからも十分に楽しめる。
またこの作品の長所は無駄の無さにあると思う。過不足のない伏線や適度な人物描写。ミステリーに必要な要素がスリムに詰め込まれている印象を受け、すなわちそれが完成度の高さとして評価されているのではないだろうか。
48.『追いつめる』/生島治郎
暴力団浜内組の幹部を追跡中、同僚を誤射した志田司郎は、刑事を辞し、妻子とも別れ、たったひとりで、波止場に単喰う巨大な暴力組織に立ち向ってゆく。近代経営の仮面の影に巣喰う悪との凄まじい闘い。日常を捨て“追いつめ”てゆく異常な執念を描く、日本にハードボイルド小説を樹立した画期的長編小説。
「BOOK」データベースより引用
勤務中に同僚を誤射し退官した元刑事と、暴力団との戦いを描いたハードボイルド小説。
著者自身、このジャンルを日本国内に定着された、いわば草分け的存在として知られているが、1967年に発表され、直木賞も受賞したこの作品が全ての始まりと言っても過言ではない。
どれだけ苦境に立たされても一度狙った獲物は逃さない猟犬の習性、個人プレーや自由を好む一匹狼の習性、暴力に立ち向かう屈強さなど、現代に受け継がれるハードボイルドの基礎が詰まっており、半世紀以上経っても古臭さを感じることがない。
なお私立探偵志田司郎シリーズとして続編も多数刊行されている。現在では中々入手しづらくなっているのが大変残念である。
49.『震える牛』/相場英雄
警視庁捜査一課継続捜査班に勤務する田川信一は、発生から二年が経ち未解決となっている「中野駅前 居酒屋強盗殺人事件」の捜査を命じられる。当時の捜査本部は、殺害された二人に面識がなかったことなどから、犯人を「金目当ての不良外国人」に絞り込んでいた。しかし「メモ魔」の異名を持つ田川は関係者の証言を再度積み重ねることで、新たな容疑者をあぶり出す。事件には、大手ショッピングセンターの地方進出に伴う地元商店街の苦境、加工食品の安全が大きく関連していた。現代日本の矛盾を暴露した危険きわまりないミステリー。
「BOOK」データベースより引用
未解決事件を扱う継続捜査班に所属する中年刑事を主人公とした、社会派ミステリー。
地取り・鑑取りを得意とする地道な捜査のプロが丹念な聞き込みを元に、2年前に起きた強盗殺人の真相に迫る。
さらに業界最大手の小売チェーンに隠された陰謀を絡めたストーリー展開が見事。タイトルの意味を分かった時は衝撃を覚える。
また犯人を確保したのちに主人公が味わう衝撃もこの作品の魅力である。
「警視庁捜査一課継続捜査班・田川信一シリーズ」としてその後も続編が刊行されている。特に2作めの『ガラバゴス』は本作に負けず劣らず素晴らしい出来。
1.『震える牛』(2012)
2.『ガラパゴス』(2016)
3.『アンダークラス』(2020)
50.『ドグラ・マグラ』/夢野久作
精神医学の未開の領域に挑んで、久作一流のドグマをほしいままに駆使しながら、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承など、あまりにもりだくさんの趣向で、かえって読者を五里霧中に導いてしまう。それがこの大作の奇妙な魅力であって、千人が読めば千人ほどの感興が湧くにちがいない。探偵小説の枠を無視した空前絶後の奇想小説。
「BOOK」データベースより引用
言わずと知れた「日本三大奇書」の一つ(竹本健治の『匣の中の失楽』を含めて四大奇書とも言われる)。とにかく長く、そして意味が分からず、何回も挫折した経験がある。
記憶喪失になった精神病患者が主人公であり、彼が収監されている九州帝国大学医学部精神病科を舞台に、彼が関わっていたとされる過去の事件の内容が明らかになっていく、というストーリーである。
内容は(真犯人も含めて)特段意外性はないが、随所に挟まる論文がとにかく意味不明。メタ要素もあり読みづらく、一回読んだだけでは理解出来ないと言われているが、一回読むのに相当な苦労を要し、複数回読もうという気にもならないのが難点である。
青空文庫で無料で読めるので、とにかくまずは一回読んでみてはいかがだろうか。
51.『眼球堂の殺人』/周木律
神の書、“The Book”を探し求める者、放浪の数学者・十和田只人が記者・陸奥藍子と訪れたのは、狂気の天才建築学者・驫木煬の巨大にして奇怪な邸宅“眼球堂”だった。二人と共に招かれた各界の天才たちを次々と事件と謎が見舞う。密室、館。メフィスト賞受賞作にして「堂」シリーズ第一作となった傑作本格ミステリ!
「BOOK」データベースより引用
全世界を旅する数学者、十和田只人が探偵として活躍する「〇〇堂の殺人」シリーズ1作目。
有名な建築家の新居『眼球堂』に招かれた著名な学者や芸術家たちが閉ざされた空間で事件に遭う。
特殊な建造物でのクローズドサークルという事もあり図面を活用した説明が目立つ。連続殺人から読者への挑戦状への流れは本格ミステリーならでは。
また数学や建築学の要素がふんだんに使われた理系ミステリーとしても有名である。
52.『絃の聖域』/栗本薫
長唄の人間国宝の家元、安東家の邸内で女弟子が殺された。芸事に生きる親子、妾、師弟らが、三弦が響き愛憎渦巻くなかで同居している閉ざされた旧家。家庭教師に通っている青年、伊集院大介の前で繰り広げられる陰謀そして惨劇。その真相とは!?名探偵の誕生を高らかに告げた、栗本薫ミステリーの代表作。
「BOOK」データベースより引用
『グイン・サーガ』や『魔界水滸伝』シリーズなどSFやファンタジー作品を量産する彼女であるが、探偵”伊集院大介“を主人公としたミステリーシリーズも非常に評価が高い。
この作品は伊集院大介が初登場するシリーズ1作目でありながら塾講師時代を描いたものであり、時系列としては学生時代を描いた他作品の後に当たる。
古典芸能の家元一家で起きた殺人事件に、家庭教師として通っていた伊集院が関わることになるというストーリーであるが、愛憎の沼地と作中で評される一家において、被害者には殺害される”動機“が存在しない。
誰が何故殺したのか、驚くべき真犯人と犯行の動機を示しつつも、芸能の奥深さに踏み込んだ快作である。
53.『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』/道尾秀介
人生に敗れ、詐欺を生業として生きる中年二人組。ある日、彼らの生活に一人の少女が舞い込む。やがて同居人は増え、5人と1匹に。「他人同士」の奇妙な生活が始まったが、残酷な過去は彼らを離さない。各々の人生を懸け、彼らが企てた大計画とは?息もつかせぬ驚愕の逆転劇、そして感動の結末。「このミス」常連、各文学賞総なめの文学界の若きトップランナー、最初の直木賞ノミネート作品。
「BOOK」データベースより引用
お互いの素性すら知らぬ5人の男女が、ある目的のために詐欺を目論むというストーリー。
あくまで日常を切り取ったような平凡な人物・情景描写の中に非日常が存在する、伊坂幸太郎にも共通するこのアンリアルが本作品最大の魅力であると思う。
登場人物のライトでコミカルな会話により読みやすさが追求されているように感じるが、周到に張り巡らされた伏線の目隠しになっており、それらを存分に生かしたラストの展開は見事という他ない。どこか哀愁を感じさせる結末でもあり、著者の真骨頂は「いやミス」ではないと思わせる作品である。
54.『高層の死角』/森村誠一
東京の巨大ホテルの社長が堅牢な密室で刺殺された。捜査線上に浮かんだのは、事件の夜に刑事の平賀とベッドをともにしていた美しき社長秘書。状況証拠は秘書と事件の関係を示していたが、間もなく彼女も福岡で死体となって見つかった。なぜ彼女は社長殺しを計画し、東京から遠く離れた福岡で殺されたのか。愛した女性の真実を求め、平賀の執念の捜査が始まる―。
「BOOK」データベースより引用
高層ホテルの最上階で起きた殺人事件を題材にしたミステリー。
殺害現場となったホテルの部屋の鍵、容疑者のアリバイと、密室下での不可能犯罪をしっかりと示しつつ、容疑者に親しい関係にある刑事が事件を追いかける展開は、非常に丁寧に作り込まれた作品という印象を受ける。
密室トリックに加えて、後半では時刻表トリックなど、幾重にも張り巡らせた犯人の仕掛けが立ちふさがる。それらを刑事の勘と足を用いて一つずつ看破していく終盤は、半世紀以上前の作品だということを忘れさせる面白さに溢れている。
55.『犯罪者』/太田愛
白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。
「BOOK」データベースより引用
大人気ドラマ「相棒」シリーズの脚本を手がけたことで知られる太田愛の作家デビュー作品。
ある通り魔事件の被害者である主人公が、その後何者かに襲われるようになるというストーリーで、通り魔事件に隠された陰謀を、薬害や環境問題、大企業と政治家の癒着問題と多岐に渡るテーマを絡めて描いたクライムサスペンス。
登場人物による小気味良いやりとりやスピーディーな展開はさすが売れっ子脚本家であると感じる。
なお『幻夏』、『天上の葦』とシリーズになっているので、3作品順番通りに読んだ方が楽しめる。
56.『凍える牙』/乃南アサ
深夜のファミリーレストランで突如、男の身体が炎上した!遺体には獣の咬傷が残されており、警視庁機動捜査隊の音道貴子は相棒の中年デカ・滝沢と捜査にあたる。やがて、同じ獣による咬殺事件が続発。この異常な事件を引き起こしている怨念は何なのか?野獣との対決の時が次第に近づいていた―。女性刑事の孤独な闘いが読者の圧倒的共感を集めた直木賞受賞の超ベストセラー。
「BOOK」データベースより引用
「女刑事音道貴子シリーズ」の第一作。刑事という究極の男性社会で生きるたくましい女性刑事の姿を描いた珍しい警察小説。
音道と男性刑事との掛け合いも含めキャリアウーマンの生き様をうまく描きつつ、ミステリーとしても魅力的なストーリー展開で男女問わず人気のシリーズ。
またタイトルからも連想できるかもしれないが、孤独なオオカミ犬の存在が物語のアクセントになっている。
浅田次郎の名作『蒼穹の昴』を退けて直木賞を受賞した、極めて完成度の高い作品。
57.『孤島の来訪者』/方丈貴恵
謀殺された幼馴染の復讐を誓い、ターゲットに近づくためテレビ番組制作会社のADとなった竜泉佑樹は、標的の三名とともに無人島でのロケに参加していた。島の名は幽世島―秘祭伝承が残る曰くつきの場所だ。撮影の一方で復讐計画を進めようとした佑樹だったが、あろうことか、自ら手を下す前にターゲットの一人が殺されてしまう。一体何者の仕業なのか?しかも、犯行には人ではない何かが絡み、その何かは残る撮影メンバーに紛れ込んでしまった!?疑心暗鬼の中、またしても佑樹のターゲットが殺され…。第二十九回鮎川哲也賞受賞作『時空旅行者の砂時計』で話題を攫った著者が贈る“竜泉家の一族”シリーズ第二弾、予測不能な本格ミステリ長編。
「BOOK」データベースより引用
概要にある通り、デビュー作『時空旅行者の砂時計』ではSF×本格ミステリというかつてない融合を高品質な作品に仕立て上げ、鮎川哲也賞を受賞。令和のアルフレッド・ベスターと賞賛された。
シリーズ第二弾である本作は、SF要素は前作よりやや薄いものの、人物描写やミステリーの柱となるフーダニッド・詰めに至る過程が洗練されている印象。
読者への挑戦状も前作通り、上質かつ異色の本格ミステリーシリーズは既存の枠に囚われた想像力を豊かにしてくれる作品である。
58.『ジェリーフィッシュは凍らない』/市川憂人
特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船“ジェリーフィッシュ”。その発明者である、ファイファー教授たち技術開発メンバー6人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところがその最中に、メンバーの1人が変死。さらに、試験機が雪山に不時着してしまう。脱出不可能という状況下、次々と犠牲者が…。第26回鮎川哲也賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
雪山、そして飛行船というクローズドサークルで被害者全員他殺、生存者0という事件を扱ったミステリー。クローズドサークルながらその環境での描写がごく僅かであるのが特徴。
誰が6人の被害者を殺したのか、真犯人の解明に至るまでのトリック、作品序盤から仕掛けられた伏線を回収していく終盤の勢いはものすごい。
『十角館の殺人』や『そして誰もいなくなった』と比較されるのも納得の出来。人物描写や真空気球の(時代)設定にはやや荒さもあるが、デビュー作だと思えば目を潰れる。
59.『第三の時効』/横山秀夫
殺人事件の時効成立目前。現場の刑事にも知らされず、巧妙に仕組まれていた「第三の時効」とはいったい何か!?刑事たちの生々しい葛藤と、逮捕への執念を鋭くえぐる表題作ほか、全六篇の連作短篇集。本格ミステリにして警察小説の最高峰との呼び声も高い本作を貫くのは、硬質なエレガンス。圧倒的な破壊力で、あぶり出されるのは、男たちの矜持だ―。大人気、F県警強行犯シリーズ第一弾。
「BOOK」データベースより引用
F県警捜査一課の3人の班長を主人公とした短編集。個々の短編で事件が解決されるだけでなく、6つの短編を通して捜査一課の内情や人間模様も描いた作品となっている。
表題作の「第三の時効」は上記のあらすじからして既にワクワクの展開であるが、そのワクワクを上回る出来栄えとなっている。その他の短編集も総じてハイクオリティ。
なお本作品はF県警シリーズの第1作と呼ばれているが、未収録の短編こそ存在するものの、その後第2作以降は現在発表されていない。
60.『さよならドビュッシー』/中山七里
ピアニストを目指す遥、16歳。両親や祖父、帰国子女の従姉妹などに囲まれた幸福な彼女の人生は、ある日突然終わりを迎える。祖父と従姉妹とともに火事に巻き込まれ、ただ一人生き残ったものの、全身大火傷の大怪我を負ってしまったのだ。それでも彼女は逆境に負けずピアニストになることを固く誓い、コンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。ところが周囲で不吉な出来事が次々と起こり、やがて殺人事件まで発生する―。
「BOOK」データベースより引用
天才ピアニストでありながら類稀なる推理センスを持つ音楽家岬洋介を主人公とする「岬洋介シリーズ」の第1作。
著者ならではのどんでん返しは言うに及ばずだが、+αの特徴としては事件と同じくらい音楽シーンにも力を入れられていることがあげられる。特にコンクールの描写は圧巻。
「岬洋介シリーズ」は刊行順と時系列がアンマッチなので注意が必要。また他シリーズにも本作品の登場人物が出てきたりするので、中山七里ワールドを存分に楽しんでほしい。
61.『medium 霊媒探偵城塚翡翠』/相沢沙呼
死者が視える霊媒・城塚翡翠と、推理作家・香月史郎。心霊と論理を組み合わせ真実を導き出す二人は、世間を騒がす連続死体遺棄事件に立ち向かう。証拠を残さない連続殺人鬼に辿り着けるのはもはや翡翠の持つ超常の力だけ。だがその魔手は彼女へと迫り――。
「BOOK」データベースより引用
本格ミステリ大賞をはじめとした国内ミステリ四冠、本屋大賞や吉川英治文学新人賞の候補にもなり、2022年にはテレビドラマ化もされた人気作品。
登場するのは霊媒師と推理作家という珍しいコンビ、オカルトや超能力というミステリーとは相性が悪いはずの要素を、これ以上ない程うまく活かした作品と言える。
「すべてが伏線」と書かれた帯文の通り、真犯人を見破らせておいての”大どんでん返し“が最大の特徴であり魅力である。これはミステリーに精通している読者であればあるほど騙される傾向にあると思う。
以下に纏めている通り、続編『invert』も既に2作品刊行されている。ライトノベルのような文体も読みやすさという特徴に変わるし、イラストを含めてキャラクター設定にも成功しており、ドラマ以外のメディアミックスも期待されるシリーズである。
1.『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(2019)
2.『invert 城塚翡翠倒叙集』(2021)
3.『invertII 覗き窓の死角』(2022)
62.『星降り山荘の殺人』/倉知淳
雪に閉ざされた山荘に、UFO研究家、スターウォッチャー、売れっ子女性作家、癖の強い面々が集められた。交通が遮断され電気も電話も通じなくなった隔絶した世界で突如発生する連続密室殺人事件!華麗な推理が繰り出され解決かと思った矢先に大どんでん返しが!?見事に騙される快感に身悶えする名作ミステリー。
「BOOK」データベースより引用
積雪に囲まれた山荘を舞台にした連続殺人事件、典型的なクローズド・サークルを設定としたミステリー。
各章冒頭に見出しとも言えるような概要が記載されているのが特徴。密室トリックや真犯人だけでなく作品に仕掛けられた謎が読者を巧妙に欺かせる。
また山荘に集められた登場人物と彼らによる軽快なやり取りがとてもコミカルで、作品全体の読みやすさにも繋がっている。
63.『ロートレック荘事件』/筒井康隆
夏の終わり、郊外の瀟洒な洋館に将来を約束された青年たちと美貌の娘たちが集まった。ロートレックの作品に彩られ、優雅な数日間のバカンスが始まったかに見えたのだが…。二発の銃声が惨劇の始まりを告げた。一人また一人、美女が殺される。邸内の人間の犯行か?アリバイを持たぬ者は?動機は?推理小説史上初のトリックが読者を迷宮へと誘う。前人未到のメタ・ミステリー。
「BOOK」データベースより引用
筒井康隆と言えばSF小説の名手として知られるが、実は幅広いジャンルの小説を執筆している。
いくつかある推理小説の中でも本作は大胆なトリックと、メタ構造が話題を呼んだ作品である。
フェアかアンフェアか、厳密に言えば推理小説としては設定に甘い部分があるのも事実であるが、読者を惹きつける文章を描くことの出来る作家であることは間違いない。
64.『イニシエーション・ラブ』/乾くるみ
大学四年の僕(たっくん)が彼女(マユ)に出会ったのは代打出場の合コンの席。やがてふたりはつき合うようになり、夏休み、クリスマス、学生時代最後の年をともに過ごした。マユのために東京の大企業を蹴って地元静岡の会社に就職したたっくん。ところがいきなり東京勤務を命じられてしまう。週末だけの長距離恋愛になってしまい、いつしかふたりに隙間が生じていって…。
「BOOK」データベースより引用
「必ず二回読みたくなる」のキャッチコピーで話題を呼び、2015年には映画化もされた人気ミステリー。
ラスト2行でこれまで読んできた作品の印象がガラッと変わる、インパクトで言えば『十角館の殺人』にも引けを取らないくらいのものがある。
作品に点在する仕掛けも見事で、二回目は些細な違和感をチェックしながら読むことでより楽しめるはず。
作品トータルとしてはトリックに全振りしている印象で、考察サイトを読まないと理解出来ないという読者も多く、好みは分かれる作品である。
65.『模倣の殺意』/中町信
七月七日の午後七時、新進作家、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、世を儚んでの自殺として処理された。坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子は、彼の部屋で偶然行きあわせた遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を始める。一方、ルポライターの津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井がようやくの思いで発表にこぎつけた受賞後第一作が、さる有名作家の短編の盗作である疑惑が持ち上がり、坂井と確執のあった編集者、柳沢邦夫を追及していく。
「BOOK」データベースより引用
1973年に『新人賞殺人事件』というタイトルで執筆され、その後2度の改題で2004年に『模倣の殺意』として出版されるとそこから人気に火がついた、珍しい作品である。
ある作家が自殺したと思われる事件の真相を知人の編集者が追うという設定だが、この作品の特徴はあの有名なトリック。現代でこそ使い古された/よく見られるものかもしれないが、約半世紀前にこのトリックを設定の矛盾なく取り入れたことは間違いなく推理小説界における著者の功績である。
66.『闇に香る嘘』/下村敦史
孫への腎臓移植を望むも適さないと診断された村上和久は、兄の竜彦を頼る。しかし、移植どころか検査さえ拒絶する竜彦に疑念を抱く。目の前の男は実の兄なのか。27年前、中国残留孤児の兄が永住帰国した際、失明していた和久はその姿を視認できなかったのだ。驚愕の真相が待ち受ける江戸川乱歩賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
2014年の江戸川乱歩賞受賞作品。腎不全を患う孫を持つ全盲の男性が主人公で、盲目の障害者の一人称で物語が進行していく。
中国残留孤児の社会問題も大きなテーマとなっており、当時を知る登場人物が語る満州での体験談は綿密な取材の足跡を感じさせる。
作品に漂う怪しさ・不気味さを乗り越えれば最後には爽快な結末が待ち受けている。目が見えないことによるご都合主義的な展開が無いわけではないが、よく練られた設定・構成は見事。
67.『果つる底なき』/池井戸潤
「これは貸しだからな」。謎の言葉を残して、債権回収担当の銀行員・坂本が死んだ。死因はアレルギー性ショック。彼の妻・曜子は、かつて伊木の恋人だった…。坂本のため、曜子のため、そして何かを失いかけている自分のため、伊木はただ一人、銀行の暗闇に立ち向かう!
「BOOK」データベースより引用
都市銀行の融資を担当する主人公が、同僚の死とその裏に隠された銀行の闇を暴く作品。
緻密に練られたストーリー展開や、銀行の暗部を成敗する図式など、後の大ヒット作に通じる部分がデビュー作からも感じられる。まさに池井戸潤の「勧善懲悪」はここから始まったと言えるだろう。
一方でアレルギー性ショックで死亡した同僚を誰がなぜ殺したのか、その後に発生する2つ目の事件も含めて”フーダニッド“に焦点を当てており、他の池井戸作品と比べて本格ミステリ色が濃い点が特徴である。
またそれに加えて、本作はハードボイルド小説の要素も兼ね備えている。孤高の存在だった主人公の伊木がやがて渇望する愛への感情、彼の心情変化も見所である。
68.『アリス殺し』/小林泰三
“不思議の国”の住人たちが、殺されていく。どれだけ注意深く読んでも、この真相は見抜けない。10万部突破『大きな森の小さな密室』の鬼才が放つ現実と悪夢を往還する“アリス”の奇怪な冒険譚
「BOOK」データベースより引用
キャロルの名作『不思議の国のアリス』の世界が広がる”夢”と、現実世界を行き来するSFミステリー。
不思議の国の世界観は非常に原作へのリスペクトが感じられる。登場人物たちによる会話は話の進まなさに苛立ちすら覚えるが、それもまた作者の意図するところなのだろうと思う。
夢の世界と現実世界、それぞれで起こる殺人事件の関連付けが秀逸。真犯人を究明する過程にもこのパラレルワールドの特性、そして序盤から張り巡らされた伏線が生きており、フーダニット・ホワイダニットに特化したミステリーと言える。
69.『地獄の奇術師』/二階堂黎人
十字架屋敷と呼ばれる実業家の邸宅に、ミイラのような男が出没した。顔中に包帯を巻いた、異様な恰好である。自らを「地獄の奇術師」と名乗り、復讐のためにこの実業家一族を皆殺しにすると予告をしたのだ。「地獄の奇術師」の目的は何なのか。女子高生で名探偵、二階堂蘭子の推理が冴え渡る、本格探偵小説。
「BOOK」データベースより引用
著者のデビュー作であり、女子高生探偵二階堂蘭子シリーズの1作目でもある。蘭子の義兄にあたる二階堂黎人の記述によって物語は進行していく。
その名前から想像出来るように、新本格派でありながら江戸川乱歩を強く意識しており、冒険小説の要素も併せ持つのが特徴。
また猟奇的な描写も多く、グロテスクな表現が苦手な人は注意が必要。複数のトリックを細かく配置しているが、犯人が序盤でほぼ判明してしまうのが惜しいところ。
70.『法医昆虫学捜査官』/川瀬七緒
放火殺人が疑われるアパート全焼事件で、異様な事実が判明する。炭化した焼死体の腹腔に、大量の蝿の幼虫が蠢いていたのだ。混乱に陥った警視庁は、日本で初めて「法医昆虫学」の導入を決断する。捜査に起用されたのは、赤堀涼子という女性学者である。「虫の声」を聴く彼女は、いったい何を見抜くのか!?
「BOOK」データベースより引用
死体に群がるハエやウジの生態から死亡推定時刻、犯行現場等の情報を導き出す法医昆虫学に焦点を当てた唯一無二のミステリーシリーズ。
その特性から非常にグロテスクな描写が多く、死体発見や解剖シーンの迫力は文章だけでも凄まじい迫力である。
その一方海外では確立された学問とのことで、虫たちの”声”を聞くことで緻密に積み上げられた理論を武器に、事件の真相へ近づく過程は見事。
登場人物も良い意味で個性的、岩楯刑事と赤堀教授のコンビもシリーズが進むに連れ息が合ってくる。
71.『アルキメデスは手を汚さない』/小峰元
「アルキメデス」という不可解な言葉だけを残して、女子高生・美雪は絶命。さらにクラスメートが教室で毒殺未遂に倒れ、行方不明者も出て、学内は騒然!大人たちも巻き込んだミステリアスな事件の真相は?’70年代の学園を舞台に、若者の友情と反抗を描く伝説の青春ミステリー。
「BOOK」データベースより引用
1973年に刊行され、江戸川乱歩賞を受賞した推理小説。高校を舞台にした学園モノであり、著者は青春推理小説というジャンルで多くの作品を執筆している。
50年前の作品ということもあり、時代背景などは古めかしい印象を受けるかもしれない。トリックも今となっては洗練されたものではないかもしれない。
それでもこのジャンルの第一人者であることは間違いなく、先に紹介した東野圭吾や岡嶋二人も著者に影響を受けたと言われている。
確かに東野圭吾の初期作品の文体に通じるものがあるように思う。
72.『楽園のカンヴァス』/原田マハ
ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。山本周五郎賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用
文化施設などで鑑定や研究を行うキュレーターという職業に焦点を当て、絵画の魅力にも十分に触れたエンターテイメント作品。
著者自身MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターとして勤務しており、その経験が十二分に生かされた小説であると言える。
絵画の知識をふんだんに取り入れながらもその分野に疎い読者も置いていかない丁寧な説明に加え、アートの要素を抜いても導入〜ラストまでミステリーとして素晴らしい出来。
本来ミステリー作家ではなく、『本日は、お日柄もよく』『カフーを待ちわびて』など別ジャンルでの代表作も多数あるが、アート×ミステリーこそが原田マハの真骨頂なのではないかと思う。
他にも謎めいたアートの世界を味わいたい方は『暗幕のゲルニカ』『たゆたえども沈まず』がおすすめ。
73.『ストロベリーナイト』/誉田哲也
溜め池近くの植え込みから、ビニールシートに包まれた男の惨殺死体が発見された。警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は、これが単独の殺人事件で終わらないことに気づく。捜査で浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」が意味するものは?クセ者揃いの刑事たちとともに悪戦苦闘の末、辿り着いたのは、あまりにも衝撃的な事実だった。人気シリーズ、待望の文庫化始動。
「BOOK」データベースより引用
竹内結子主演でテレビドラマ・映画化もされた大人気シリーズで、警視庁捜査一課の女刑事姫川玲子を主人公とした警察小説のシリーズ。
姫川を取り巻く部下や上司が皆個性的で、さらに上司と部下の関係性も良い。またシリーズが進むにつれメンバーの内面や境遇も深堀されていき、知らずのうちに姫川班の刑事たちのファンになっている。
本作だけでなくシリーズを通して事件や犯人の残虐性が目立っており、グロテスクなシーンも多くあるのが特徴。
74.『方舟』/夕木春央
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。
タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。
「BOOK」データベースより引用
地下建築というクローズドサークルを題材にした本格ミステリ。
“どんでん返し“と一口に言ってもその展開や衝撃は様々である。この作品ではまるでホラーのような恐怖感漂うどんでん返しを味わうことが出来る。
また本格ミステリではあるものの、名探偵が活躍するこのジャンルに一石を投じた作品であるように感じる。なんにせよ趣向を凝らした素晴らしい作品である。
2023年本屋大賞にもノミネートされている。なお著者は2019年にデビューしているが、本作がデビュー後3作品目とは思えない完成度の高さである。
75.『屍人荘の殺人』/今村昌弘
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされた。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった!奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!
「BOOK」データベースより引用
著者のデビュー作、鮎川哲也賞など数々のミステリ賞を受賞/入賞し、一躍有名になった作品である。
クローズドサークルに、ゾンビというパニックホラー要素を取り入れた大胆かつ新たなミステリー。
実写映画化、ジャンプ+での漫画化に加えて、小説も『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』とシリーズ化されている。
いわゆる新本格派ミステリーに分類される見方もあるが、個人的には新時代のミステリーなのではないかと思う。ライトノベルを思わせる軽い文体は読みやすさに特化されており、ミステリー入門として読むのが良いだろう。
76.『ルビンの壺が割れた』/宿野かほる
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」―送信した相手は、かつての恋人。フェイスブックで偶然発見した女性は、大学の演劇部で出会い、二十八年前、結婚を約束した人だった。やがて二人の間でぎこちないやりとりがはじまるが、それは徐々に変容を見せ始め…。先の読めない展開、待ち受ける驚きのラスト。前代未聞の読書体験で話題を呼んだ、衝撃の問題作!
「BOOK」データベースより引用
数十年前に付き合っていた恋人とのやりとりが書簡形式で綴られる小説。2017年に発表された小説であり、手紙でなくSNSのメッセージというのが現代の小説らしい。
ラストは確かに予想の付かない展開であり、驚きというより若干恐怖を感じる内容である。1時間程度で読み終えられる分量であり、手軽に驚き、どんでん返しを味わいたい読者にはうってつけの作品であると言える。
なお余談であるが、著者は本作でのデビュー後今日に至るまでプロフィールを非公表とし、覆面作家として活動している。
77.『告白』/湊かなえ
「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化!
「BOOK」データベースより引用
湊かなえのデビュー作にして最高傑作との呼び声高い作品。ある事件の関係者の独白により本作は進行していくが、その構成力や悪意を純度100%で書き上げる文章力は見事としか言いようがない。
またもう一つの特徴としては、著者の作品全般に言えることかもしれないが、極めて読後感が悪い作品であること。
いわゆる「いやミス」のジャンルでは他の追従を許さない。面白いことは間違いないが、読む人を選ぶ作品でもあることも事実である。
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