普段はミステリーやSFといったフィクション小説ばかり読んでいますが、こんな私でもたった一人好きなノンフィクション作家がおりまして、それが沢木耕太郎さんです。
初めて読んだのは中学生の時、『深夜特急』にどハマりし、寝る間を惜しんで読んだことを覚えています。
綿密な取材や分析によって導き出される事実に、取材対象や著者の想いがブレンドされる。それこそがノンフィクションの醍醐味だと思います。
また題材となる人物を知らなかったり、知っていても表面上の知識しかなかったりする場合が多いのですが、作品を読むとその人物についての興味が格段に増すことがほとんどです。知的好奇心を刺激してくれる存在としても重宝しています。
この記事では、そんなノンフィクション作家沢木耕太郎のおすすめ作品を厳選して紹介していきます。
沢木耕太郎のおすすめノンフィクション小説10作品を紹介
1.『深夜特急』
インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く―。ある日そう思い立った26歳の〈私〉は、仕事をすべて投げ出して旅に出た。途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて、思わぬ長居をしてしまう。マカオでは、「大小」というサイコロ博奕に魅せられ、あわや…。1年以上にわたるユーラシア放浪が、今始まった。いざ、遠路2万キロ彼方のロンドンへ。
著者自身による、インドからロンドンまで乗り合いバスのみで行く旅行記。バックパッカーのみならず、旅行好きなら誰もが知っている旅行者のためのバイブル。
旅のコンセプトの通り決まっているのは目的地のみ。スマホも無い時代に身体一つで旅をするからこそ、旅先での予想外の出来事や思いもよらない出会いがある。悪く言えば無計画とも取れるが、その自由さがいつの時代も読む人々を魅了するのだと思う。
2.『一瞬の夏』
強打をうたわれた元東洋ミドル級王者カシアス内藤。当時駆けだしのルポライターだった“私”は、彼の選手生命の無残な終りを見た。その彼が、四年ぶりに再起する。再び栄光を夢みる元チャンピオン、手を貸す老トレーナー、見守る若きカメラマン、そしてプロモーターとして関わる“私”。一度は挫折した悲運のボクサーのカムバックに、男たちは夢を託し、人生を賭けた。
リングネームの由来は、モハメド・アリの改名前の名前”カシアス・クレイ“。恵まれた才能を持ちながらもチャンスを掴み損ねたボクサーカシアス内藤の栄光と挫折を描いたルポルタージュ。
決してハッピーエンドではない。ボクサーの直面する金銭面での苦しさなど暗い描写も少なくない。それでも読後感は決して悪くないどころかむしろ良い。カシアス内藤のボクシングにかける想いや生き様に共感するのだと思うし、そんな選手にずっと寄り添い、互いに親交がある著者だからこそ書ける文章なのだと思う。
3.『テロルの決算』
ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストと、激しく交錯する。社会党委員長の浅沼稲次郎と右翼の少年山口二矢。1960年、政治の季節に邂逅する二人のその一瞬を描くノンフィクションの金字塔。新装版「あとがき」を追加執筆。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
戦後の日本で、当時の野党だった社会党の委員長を務めた浅沼稲次郎と、右翼の少年山口二矢。あくまで焦点は浅沼稲次郎暗殺事件ではあるが、加害者の少年だけでなく、被害者の浅沼も含めた二人の人生を丹念に調べ上げ、交錯するまでを描いた力作。
暗殺事件は1960年、1947年生まれの著者は当時13歳だったはずだが、年少期に起こった事件を調べ上げ、このクオリティのルポに仕上げる胆力に驚嘆する。特に浅沼の表面上知られている政治家としての顔だけでなく、家族関係含めた人間性の部分まで掘り下げられているところが素晴らしい。肝心の事件も迫力ある描写で描かれている。
4.『凍』
最強のクライマーとの呼び声も高い山野井泰史。世界的名声を得ながら、ストイックなほど厳しい登山を続けている彼が選んだのは、ヒマラヤの難峰ギャチュンカンだった。だが彼は、妻とともにその美しい氷壁に挑み始めたとき、二人を待ち受ける壮絶な闘いの結末を知るはずもなかった―。絶望的状況下、究極の選択。鮮かに浮かび上がる奇跡の登山行と人間の絆、ノンフィクションの極北。講談社ノンフィクション賞受賞。
夫婦揃って天才クライマーとの呼び声高い山野井夫妻を題材としたノンフィクション。絶壁をよじ登るアルパインスタイルでヒマラヤの難峰に挑戦するクライマーの孤独、過酷さは登山のことを知らなくても十二分に伝わってくる。
登山の描写はもちろん、幼少期からの生い立ちを描くことで深みが増しているし、山野井氏の描写のはずなのに奥様の素晴らしさがにじみ出ていて、夫婦の絆が色濃く反映された文章だなと感じる。
5.『敗れざる者たち』
勝負の世界にその青春のすべてを賭けて燃え尽きていった者たちを若き大宅賞ライターが哀借こめて描くスポーツロマン。現代の若者に圧倒的な支持を得た情熱的作品
一流でありながら超一流になれなかった、敗れた男たちのその後を描いた短編集。沢木耕太郎のノンフィクションの中でもスポーツ選手を題材にした作品はとりわけ面白いと思う。
『一瞬の夏』にも登場したカシアス内藤や天才打者と呼ばれた榎本喜八、そして競走馬のイシノヒカルと、題材も非常に多岐に渡っている。全6編でも特に東京オリンピックマラソン銅メダリストの円谷幸吉の編は心に響く。
6.『キャパの十字架』
史上もっとも高名な報道写真「崩れ落ちる兵士」。その背景には驚くべきドラマがあった。「キャパ」はいかに「キャパ」になったのか。写真機というものが発明されて以来、最も有名な写真――戦場カメラマン、ロバート・キャパが1936年、スペイン戦争の際に撮影した「崩れ落ちる兵士」。銃撃を受けて倒れるところを捉えたとされるこの写真はしかし、そのあまりにも見事な迫真性が故に、長く真贋論争が闘われてきた。学生時代より半自伝『ちょっとピンぼけ』を愛読し、キャパにシンパシーを抱き続ける著者は、その真実を求めてスペイン南部の〈現場〉を特定し、さらに粘り強い取材を繰り返す。その結果、導き出された驚くべき結論とは。長らく封印されていた「真実」がついに明らかになる。
キャパとはスペイン内戦で銃弾に倒れた兵士を写した写真「崩れ落ちる兵士」で一躍有名になったロバート・キャパのこと。当時の写真技術からでは考えられない鮮明度・完成度により長らく真贋論争が行われてきた写真でありながら、ピカソの『ゲルニカ』と並んで反ファシズムのシンボルのように扱われていた写真でもある。
著者はこの写真に対して独自の分析を行い論証を重ねた上で、真贋論争に対して推論を導き出している。長期間に渡る分析・論証にたどり着く過程は詳細に整理されていながらも、著者の熱意が伝わってくる。こういった形のノンフィクションもあり得るのか、と驚かずにはいられない作品。もちろんキャパを知らない人でも楽しめる内容なのでご安心を。
7.『檀』
愛人との暮しを綴って逝った檀一雄。その17回忌も過ぎた頃、妻である私のもとを訪ねる人があった。その方に私は、私の見てきた檀のことをぽつぽつと語り始めた。けれど、それを切掛けに初めて遺作『火宅の人』を通読した私は、作中で描かれた自分の姿に、思わず胸の中で声を上げた。「それは違います、そんなことを思っていたのですか」と――。「作家の妻」30年の愛の痛みと真実。
小説家である檀一雄の姿を、妻であるヨソ子夫人への取材を通して、夫人から夫の姿を描写した作品。ヨソ子の一人称でありながら書き手は沢木耕太郎という、奇妙な構成で物語は進んでいくのだが、これぞノンフィクション作家としての沢木耕太郎の真骨頂とも言われ、評価は高い。
物語の鍵となる檀一雄の遺作『火宅の人』は30年以上も前ではあるが映画化されており、それと合わせて本作を読むと更に面白く感じられるはずである。
8.『流星ひとつ』
何もなかった、あたしの頂上には何もなかった――。1979年、28歳で芸能界を去る決意をした歌姫・藤圭子に、沢木耕太郎がインタヴューを試みた。なぜ歌を捨てるのか。歌をやめて、どこへ向かおうというのか。近づいては離れ、離れては近づく二つの肉声。火の酒のように澄み、烈しく美しい魂は何を語ったのか。聞き手と語り手の「会話」だけで紡がれた、異形のノンフィクション。
宇多田ヒカルの実の母親であり、演歌歌手の藤圭子が引退を決意した際に行われたインタビューをまとめたノンフィクション。諸般の事情からお蔵入りとなっていたが、30年以上の時を経て2013年に刊行された。
一世を風靡した演歌歌手の生き様や人生観などが赤裸々に描かれており、これを読むだけで藤圭子という人間に強烈な興味を覚える。実際の歌を聴いたことがない人も多いはずだが、彼女の歌声を聞きながらこの作品を読んでみても良いかもしれない。
9.『危機の宰相』
1960年、安保後の騒然とした世情の中で首相になった池田勇人は、次の時代のテーマを経済成長に求める。「所得倍増」。それは大蔵省で長く“敗者”だった池田と田村敏雄と下村治という三人の男たちの夢と志の結晶でもあった。戦後最大のコピー「所得倍増」を巡り、政治と経済が激突するスリリングなドラマ。
高度経済成長期にあった日本において、所得倍増計画を発表・達成した当時の首相池田勇人を、知識として知ってはいても、それ以上ではなかった。恐らくそういう人がほとんどなのではないか。
池田勇人だけでなく、影で彼を支えながら所得倍増計画に奔走した官僚の田村敏雄とプランナーの下村治という二人にも等しく焦点を当てながら物語は進んでいく。政治と経済との衝突をドラマ仕立てにした経済小説と言ってもおかしくない内容である。
10.『彼らの流儀』
男はその朝、サウジアラビアの砂漠に雪を見た。大晦日の夜、女は手帳に挾み込む緊急連絡先の紙片にどの男の名を記すべきか思い悩む。「今」を生きる彼もしくは彼女たちの、過去も未来も映し出すような、不思義な輝き方を見せる束の間の時…。生の「一瞬」の感知に徹して、コラムでもエッセイでも、ノンフィクションでも小説でもなく、それらすべての気配を同時に漂わせる33の物語。
朝日新聞で掲載されていたコラムをまとめた作品で、33編からなる超短編集。著者があとがきで自ら「コラムでもなく、エッセイでもなく、ノンフィクションでもなく、小説でもない」と述べている通り、確かに派手さはなく、淡々とした文章が続く。
著名人ではない普通の人間を切り取った作品集ではあるが、だからこそ読み手に寄り添う文章になっており、この作品のファンが多い理由にもなっていると思う。
終わりに
沢木耕太郎のおすすめノンフィクション小説、いかがでしたか?
普段ノンフィクションなんか読まない、という方も気になる題材があったらまずその作品だけでも読んでもらえたらと思います。旅行好きなら『深夜特急』は読まないと損です。
また普段から読む方でも、新たな発見があったと感じてもらえたら良いなと思っています。ここで紹介していない作品もおすすめばかりですので、またの機会に更新していきたいと思います。
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