一切の外れ無し!歴代の山本周五郎賞受賞作からおすすめ20作品を厳選紹介!

すぐれた物語性を有する小説・文芸書に贈られる」文学賞である「山本周五郎賞」。

昭和期に活躍した山本周五郎にちなみ、新潮社が開催した日本文学大賞の後継イベントとして1988年に創設されました。

歴代の受賞作品はエンターテイメントとしての完成度は勿論、読者の琴線に触れるような作品が多く、個人的にも大好きな文学賞です。

この記事では、そんな山本周五郎賞受賞作品からおすすめ小説を20冊紹介していきます。

こんな方々におすすめです。

・完成度の高い大衆小説を読みたい!
・普段読まないジャンルや作家のおすすめ小説を探したい!

今回は歴代受賞作品のほぼ半数に当たる20作品に限定しておりますが、あくまで私のお気に入りや、思い入れの強い作品を厳選しております。ここで紹介している/していないが作品の優劣を判断するものではありませんので、予めご了承ください。

またここに紹介する作品の大部分が電子書籍で読むことが可能です。もちろん紙には紙の良さがありますが、安く買えたり場所を取らなかったりと電子書籍のメリットもあります。是非平行してご利用ください。

読みたい作品がきっと見つかる!おすすめの山本周五郎賞受賞作品20選!!

作品を紹介する前に、今回のおすすめ作品の紹介の仕方についてご説明します。

1.紹介するのは歴代受賞作品の内、20作品

2.紹介するのは受賞順が早いものから

是非最後まで読んでいただけると幸いです。

・第1回『異人たちとの夏』/山田太一

妻子と別れ、孤独な日々を送るシナリオ・ライターは、幼い頃死別した父母とそっくりな夫婦に出逢った。こみあげてくる懐かしさ。心安らぐ不思議な団欒。しかし、年若い恋人は「もう決して彼らと逢わないで」と懇願した…。静かすぎる都会の一夏、異界の人々との交渉を、ファンタスティックに、鬼気迫る筆で描き出す、名手山田太一の新しい小説世界。
「BOOK」データベースより引用

故郷の浅草で、30年以上前に死別した両親に酷似した夫婦と出会った主人公。彼らは実在する人間なのか?それとも幻覚を見ているのか?思い悩みながらも、懐かしさについ浅草に足を向けてしまう心理が細やかに描かれている。
あらすじはホラー小説だが、それだけでなく親子の情愛に溢れているのが特徴。終盤の展開は思わず涙してしまう。
200ページ程度と短めの作品ではあるが、起承転結もしっかりしており無駄がなく、さすが名脚本家の書く小説である。


 

・第2回『TSUGUMI(つぐみ)』/吉本ばなな

病弱で生意気な美少女つぐみ。彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、まだ淡い夜のはじまりに、つぐみと私は、ふるさとの最後のひと夏をともにする少年に出会った―。少女から大人へと移りゆく季節の、二度とかえらないきらめきを描く、切なく透明な物語。
「BOOK」データベースより引用

強烈な個性を持つ少女つぐみ、彼女を支える姉の陽子と本書の語り手である従姉妹のまりあ。彼女たちの一夏を描いた青春小説
病気という弱さ(儚さ)を持つつぐみのセリフは時にハッとさせられる鋭さを持ち、また彼女に振り回されながらも己をしっかりと持つ周辺人物の言葉には暖かさを感じる。人の魅力を存分に引き出している作品と言える。
また海辺の街の様子が目に浮かぶような、夏のゆらめきを肌で感じられるような、立体感のある情景描写がとても鮮やか。毎年夏休みに読みたくなるような温もりのある作品。


 

・第3回『エトロフ発緊急電』/佐々木譲

1941年12月8日、日本海軍機動部隊は真珠湾を奇襲。この攻撃の情報をルーズベルトは事前に入手していたか!?海軍機動部隊が極秘裡に集結する択捉島に潜入したアメリカ合衆国の日系人スパイ、ケニー・サイトウ。義勇兵として戦ったスペイン戦争で革命に幻滅し、殺し屋となっていた彼が、激烈な諜報戦が繰り広げられる北海の小島に見たものは何だったのか。山本賞受賞の冒険巨篇。
「BOOK」データベースより引用

第二次世界大戦下の日米を舞台に、真珠湾攻撃をテーマとした小説。
日系アメリカ人のスパイを主人公に、機密保持を徹底しようとする日本側と、諜報活動により作戦内容を事前に入手せんとするアメリカ側との駆け引きが醍醐味。
中盤以降は憲兵や特高警察と駆け引きや潜入など緊迫した展開が続く。終盤のロマンスも含めてこれぞスパイものならでは。
概ね史実通りではあるため結末は想像が付いてしまう、また細部の出来事については解釈の相違があるだろう。
第二次世界大戦三部作の二作目であり、同シリーズ『ベルリン飛行指令』『ストックホルムの密使』にも共通する人物が多数登場するので、是非一作目から読んでほしい。


 

・第5回『砂のクロニクル』/船戸与一

日本文学史上類を見ない壮大なスケールで民族問題の裏側を描く。船戸与一最高傑作。舞台は、イラン。二人の日本人が激動のペルシアの地で民族紛争の渦に飲まれていく。イスラム革命が成功したイラン。革命防衛隊は権力を手にしたものの内部から腐敗が進み始める。対してイランの片隅で生きるクルド人が、独立国家樹立を目指し、武装蜂起を目論む。武器の調達を依頼された日本人武器密輸商人・ハジ。なぜ日本人である彼が、国際社会の裏舞台で暗躍することになったのか。クルド人のために、無事、武器を供給できるのか…。。
「BOOK」データベースより引用

1980年代のイランを舞台に、クルド人を軸とした民族・宗教問題を描いた超大作。
2人のハジと呼ばれる日本人をメインに据えながらも、革命防衛隊員やクルド人ゲリラら複数の視点から物語が進行していく。
独立国家を持つというクルド人の悲願がフォーカスされているだけでなく、断片的な映像でしか知ることの出来ないイランの街並みを正確に描写し、更に多民族の様々な宗教感情をハードボイルド小説としてまとめ上げている。正に極上のエンターテイメント作品と言える。


 

・第6回『火車』/宮部みゆき

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して―なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?謎を解く鍵は、カード会社の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
「BOOK」データベースより引用

自らの意思で婚約者の前から失踪した女性を捜索する、親戚の刑事の奮闘を描いたミステリー小説。
ミステリーとしても一級品でありながら、タイトルから連想できる「火の車」の通り、クレジットカードローンという現代社会に潜む闇を扱った社会派小説としても後世に語り継がれるべき名作。
クレジットカードが現在ほど身近でなかった1990年代にこの題材を扱える著者の力量にただただ脱帽する。
ミステリーだけでなくSFやファンタジー、時代小説と様々なジャンルで優れた作品を発表し続ける宮部みゆきの中でも特におすすめな作品。


 

・第8回『閉鎖病棟』/帚木蓬生

とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった…。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?その理由を知る者たちは―。現役精神科医の作者が、病院の内部を患者の視点から描く。淡々としつつ優しさに溢れる語り口、感涙を誘う結末が絶賛を浴びた。山本周五郎賞受賞作。
「BOOK」データベースより引用

精神科病棟で起こったある事件を通して、患者たちの触れ合いを描いた感動の物語。
精神を病む患者の心理描写や病院内部の実情を、患者の視点で一切の偏見や同情なく描くことがどれだけ難しいことだろうか。精神科医でもある著者にしか書けない作品であることは間違いない。
序盤〜中盤にかけて、事件が起きるまでの展開はかなりスローペースであり、陰鬱とした描写も多いため読み進めるのは苦労するかもしれない。しかしそれを超えた先に待つ結末は切なくとも希望を感じさせる展開が待っている。


 

・第10回『奪取』/真保裕一

一千二百六十万円。友人の雅人がヤクザの街金にはめられて作った借金を返すため、大胆な偽札造りを二人で実行しようとする道郎・22歳。パソコンや機械に詳しい彼ならではのアイデアで、大金入手まであと一歩と迫ったが…。日本推理作家協会賞と山本周五郎賞をW受賞した、涙と笑いの傑作長編サスペンス。
「BOOK」データベースより引用

偽札作りに命をかける若者たちの奮闘を描いたサスペンス。あらすじに「涙と笑いの」とあるようにコミカルな会話シーンも多く、序盤からのテンポの良さが特徴。
中盤以降は製紙印刷技術の説明描写が続き若干中だるみの感はあるが、これらは偽札作りの鍵であるが故の必要なシーン。これらの綿密な設定が真保裕一作品の特長であり、改めて取材力や知識量に感服する。
この中盤があるからこそ、終盤はスピード感と爽快感が感じられる内容となっている。文庫本上下巻で1000ページ近い分量であるが、結果として「長さ」は気にならず読破することが出来るだろう。


 

・第12回『エイジ』/重松清

ぼくの名はエイジ。東京郊外・桜ヶ丘ニュータウンにある中学の二年生。その夏、町には連続通り魔事件が発生して、犯行は次第にエスカレートし、ついに捕まった犯人は、同級生だった―。その日から、何かがわからなくなった。ぼくもいつか「キレて」しまうんだろうか?…家族や友だち、好きになった女子への思いに揺られながら成長する少年のリアルな日常。
「BOOK」データベースより引用

中学二年生という、おそらく人生で最も多感な時期の子供を主人公エイジに、クラスメイトたちへの思いを胸に成長していく姿を綴った小説。
町を騒がせた連続通り魔事件の犯人が同級生で、かつ自身の前の席に座るクラスメイトだったら。エイジの心の揺れ動きを上手く表現している。
それ以外にもクラブ活動や恋愛、外界に向き始める年頃の少年の姿に自身の青春を重ね合せる読者も多いだろう。幅広い世代にお勧めできる作品。


 

・第15回『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』/江國香織

いろんな生活、いろんな人生、いろんな人々。とりどりで、不可解で。江国香織初の書き下ろし短編小説。
「BOOK」データベースより引用

様々な立場で生活をしている女性を主人公にした、10作品を収録した短編集。
著者らしく淡々とした書きっぷりながらも、抜き差しならぬにはまる女性たちの心情を巧みに描いている。
著者のあとがきにある通り、女性たちは皆その瞬間を生きているのだと強く感じる。どこか冷めた一人称表現もまた女性たちの儚げな魅力を引き出すのに一役買っているのだろう。
山田詠美の解説も実に素敵なので、最後まで読んでほしい。


 

・第17回『邂逅の森』/熊谷達也

秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。
「BOOK」データベースより引用

大正時代の秋田県阿仁町を舞台に、伝統狩猟を行うマタギの生き様を描いた作品。
古くからの言い伝えや狩猟方法を重視しつつ日々を懸命に生きるマタギの実態や、東北地方の厳しい自然環境がとても丁寧に描かれている。特に最終章のヌシとの戦いは圧巻の出来。
加えて1人のマタギの人生を追いながら、愛する者への想いが良く表現出来ている。中盤以降、イクとの出会いからその後のエピソードは心温まる展開。
またあらすじにもあるように、直木賞とのW受賞を果たした史上初の作品(その後佐藤究も『テスカトリポカ』でW受賞)としても有名である。


 

・第18回『明日の記憶』/荻原浩

広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。仕事では重要な案件を抱え、一人娘は結婚を間近に控えていた。銀婚式をすませた妻との穏やかな思い出さえも、病は残酷に奪い去っていく。けれども彼を取り巻くいくつもの深い愛は、失われゆく記憶を、はるか明日に甦らせるだろう!
「BOOK」データベースより引用

若年性アルツハイマーと診断された、広告代理店の営業部長の姿を綴った物語。
作品を通して一人称で描かれており、若干50歳にして日々記憶が欠落していくことへの恐れや憤りといった感情をリアルに表現している。
特に日常会話に支障をきたし、徐々に業務がままならなくなる姿は読んでいて憂鬱な気分になるほどの臨場感を感じられる。
夫婦愛に溢れた終盤〜ラストの展開は非常に切なく、分かっていても涙を堪えることが出来ない。


 

・第20回『夜は短し歩けよ乙女』/森見登美彦

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作。
「BOOK」データベースより引用

京都の情緒溢れる街並みと、独特の語り口調が特徴の森見登美彦の代表作。
主人公の男子大学生と、後輩である黒髪の乙女による恋愛ファンタジーで、彼らの恋物語をそれぞれの視点から交互に描いている。
登場人物の魅力と言葉のセンスが抜群であり、古風な言い回しも奇想天外な出来事も、森見作品ならではの魅力を余すところなく味わえる。
第137回直木賞候補、2007年本屋大賞第2位、更には2017年にはアニメ映画化もされた人気作品。


 

・第21回『果断』/今野敏

長男の不祥事により所轄へ左遷された竜崎伸也警視長は、着任早々、立てこもり事件に直面する。容疑者は拳銃を所持。事態の打開策をめぐり、現場に派遣されたSITとSATが対立する。異例ながら、彼は自ら指揮を執った。そして、この事案は解決したはずだったが―。警視庁第二方面大森署署長・竜崎の新たな闘いが始まる。
「BOOK」データベースより引用

警察小説には珍しく、足を使って事件解決の手掛かりを掴む刑事でなく、キャリア官僚と呼ばれる管理職の活躍を描いた警察小説「隠蔽捜査」シリーズの第2作。
警察庁所属だった主人公の竜崎警視長が、所轄に左遷されたところから始まる。このシリーズは竜崎が所轄の署長になる本作から加速度的に面白くなる。
原理原則の信念とキャリアとしてのプライドは相変わらずだが、偏屈なキャラに段々愛着が湧いてくるから流石である。
SITとSATの板挟みにあいながらも立て篭り事件の指揮を自ら取る竜崎、どんでん返しの結末は予想を超える面白さ。文体も滑らかで非常に読みやすい。


 

・第21回『ゴールデンスランバー』/伊坂幸太郎

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ?何が起こっているんだ?俺はやっていない―。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。
「BOOK」データベースより引用

首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の逃走劇を描いた物語。本作品は初期からの伊坂作品の名残を感じさせながらも、大衆向けに舵を切った印象を受ける。
ただそれでも山本周五郎賞に加え、本屋大賞まで受賞してしまうところに底知れぬ力量を感じる。
ケネディ大統領暗殺になぞらえ「オズワルドにされる」ことなく真実を突き止めることができるのか。文量こそ多いがこれぞ娯楽小説!と言わんばかりに、息もつかせぬ展開でラストまで読者を飽きさせない。


 

・第25回『楽園のカンヴァス』/原田マハ

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。
「BOOK」データベースより引用

文化施設などで鑑定や研究を行うキュレーターという職業に焦点を当て、絵画の魅力にも十分に触れたエンターテイメント作品。
著者自身MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターとして勤務しており、その経験が十二分に生かされた小説であると言える。
絵画の知識をふんだんに取り入れながらもその分野に疎い読者も置いていかない丁寧な説明に加え、アートの要素を抜いても導入〜ラストまでミステリーとして素晴らしい出来。
本来ミステリー作家ではなく、『本日は、お日柄もよく』『カフーを待ちわびて』など別ジャンルでの代表作も多数あるが、アート×ミステリーこそが原田マハの真骨頂なのではないかと思う。


 

・第27回『満願』/米澤穂信

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが…。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。
「BOOK」データベースより引用

大人気ミステリー作家米澤穂信の短編集、とにかく短編集とは思えない重厚さとクオリティの高さ。
キャラの掘り下げやストーリー構成はもちろん、的確な伏線が貼られていたりと、限りなく長編に近い満足度が味わえる。
さらに後味の悪さもこの短編集の特徴。特に「氷菓」で名を広めた作者だけに、一口にミステリーと言っても幅の広さを感じられる。ミステリー三冠も納得の作品。


 

・第28回『ナイルバーチの女子会』/柚木麻子

商社で働く志村栄利子は愛読していた主婦ブロガーの丸尾翔子と出会い意気投合。だが他人との距離感をうまくつかめない彼女をやがて翔子は拒否。執着する栄利子は悩みを相談した同僚の男と寝たことが婚約者の派遣女子・高杉真織にばれ、とんでもない約束をさせられてしまう。一方、翔子も実家に問題を抱え―。友情とは何かを描いた問題作。
「BOOK」データベースより引用

大手商社で働くキャリアウーマンの栄利子と人気主婦ブロガーの翔子。30歳を過ぎて友達のいない2人が出会い意気投合するまでは良いのだが、そこからがひたすらきつくて胃もたれする重い展開。
代表作『BUTTER』にも共通するが、女性が狂っていく様を描かせたら天下一品である。それが社会的地位があり”外面の良い“女性であればあるほど読者に与えるダメージは大きい。
次第に両者の抱える闇が表面化しドロドロの展開になっていくが、それでも読み進めてしまうのは文章力とリアリティによるところが大きく、客観視しながら読んでいても自分は大丈夫だろうか?と不安にさせる。ずしりと応える作品。


 

・第29回『ユートピア』/湊かなえ

太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。先祖代々からの住人と新たな入居者が混在するその町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っている。一方、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつく。出だしは上々だったが、ある噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始め―。緊迫の心理ミステリー。
「BOOK」データベースより引用

小さな港町を舞台に、足の不自由な少女を持つ母親が事件に巻き込まれていくミステリー。
母親とその友達たちをベースにした日常をドロドロした心理描写で描き、危うさの上に成り立っていた日常が崩れやがて事件に発展していく展開は素晴らしい。
著者の作品は女性が主人公だと余計に輝くと思う。後味の悪さはもちろん、作品全体に漂う閉塞感と怪しさは、これぞいやミスの女王である。


 

・第30回『明るい夜に出かけて』/佐藤多佳子

富山は、ある事件がもとで心を閉ざし、大学を休学して海の側の街でコンビニバイトをしながら一人暮らしを始めた。バイトリーダーでネットの「歌い手」の鹿沢、同じラジオ好きの風変りな少女佐古田、ワケありの旧友永川と交流するうちに、色を失った世界が蘇っていく。実在の深夜ラジオ番組を織り込み、夜の中で彷徨う若者たちの孤独と繋がりを暖かく描いた青春小説の傑作。
「BOOK」データベースより引用

ある事件から接触恐怖症となり、実家から離れてコンビニの深夜バイトをする主人公の再生の物語。
コンビニが唯一外界と主人公を繋ぎ止めているのだが、もう一つ、その役割を果たすことになるのが深夜ラジオである。
本作品ではかつて実在したアルコ&ピースのオールナイトニッポンが重要な鍵となる。著者自身も熱烈なファンだったという深夜ラジオ特有のノリが作品中に溢れている。
もちろんラジオ愛満載ではあるがあくまでこれらは触媒であり、本筋はラジオやコンビニバイトに関連した”出会い“を通して、主人公が徐々に前を向いていく青春群像劇である。
神奈川県の金沢八景周辺、海辺に近い街の描写は具体的かつ細やかで、素敵なタイトルも含めて爽やかな雰囲気を演出している。


 

・第31回『ゲームの王国』/小川哲

サロト・サル―後にポル・ポトと呼ばれたクメール・ルージュ首魁の隠し子、ソリヤ。貧村ロベーブレソンに生まれた、天賦の「識」を持つ神童のムイタック。運命と偶然に導かれたふたりは、軍靴と砲声に震える1975年のカンボジア、バタンバンで邂逅した。秘密警察、恐怖政治、テロ、強制労働、虐殺―百万人以上の生命を奪い去ったあらゆる不条理の物語は、少女と少年を見つめながら粛々と進行する…まるで、ゲームのように。
「BOOK」データベースより引用

反政府活動が激化する1970年代のカンボジアを舞台に、社会情勢に翻弄される若者たちを描く。前半は史実をベースにした重厚な大河小説であり、ここまででも十分名作の予感を感じさせる。
その前半をフリにして、後半は半世紀後の現代に舞台を移す。脳波を用いたゲームで復讐を企てるSF展開には衝撃の一言であり、ひたすらに胸が踊る。
歴史とSF、異なる二つのジャンルで高レベルな内容であるだけでなく、クオリティを維持したままそれらを融合させられる著者の発想力と筆力に脱帽する。
ラストの展開だけが少し心残りな気はするが、本賞に加え日本SF大賞も受賞した著者の出世作であり、間違いなく名作と言える作品である。


 

・第34回『テスカトリポカ』/佐藤究

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。
「BOOK」データベースより引用

14〜16世紀に栄えたアステカ文明、現代メキシコの裏社会を牛耳る麻薬カルテル、そして東南アジアで蔓延る臓器売買。時代や国が異なるいくつものエピソードが複雑に絡み合いながら、やがて日本を拠点とした犯罪集団にスポットが当たる、壮大な犯罪小説。
一口にクライムサスペンスと言っても数多の小説がある中、これほどまでに宗教歴史を掘り下げた作品があっただろうか。アステカ文明や神話にも詳細に触れており、その不気味さは取材力の賜物だろう。
また登場人物は全員ネジが何本も飛んでいるような危険人物だが、その圧倒的暴力性が本作を支えている。直木三十五賞とのW受賞も納得の傑作。


 

・第36回『木挽町のあだ討ち』/永井紗耶子

ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙はたくさんの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者だというひとりの侍が仇討ちの顚末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。
「BOOK」データベースより引用

現在の東銀座歌舞伎座周辺、当時の芝居町であった木挽町で、1人の若武士による仇討ち事件の真相を描く。
事件からしばらくの後、関係者や目撃者の証言という形で語られていくのだが、徐々に仇討ちに隠された真相が明らかになってくる。このミステリ仕立てのストーリーをあえて時代小説でおこなう意味とは何か?
その答えは江戸に住む町人の”“と、芸に携わる者たちの”矜持“ではないだろうか。この時代に生きる彼らの良さが詰まった終盤の展開には思わず目頭が熱くなる。
直木賞とのW受賞は『邂逅の森』『テスカトリポカ』に続いて歴代3作品目となった。本作品も前2作品に劣らず名作である。


 

コメント

タイトルとURLをコピーしました