推理小説には様々なトリックが用いられます。アリバイトリックや密室トリックなど、作者は知恵を駆使してトリックを思考し、読者は仕掛けられたトリックを楽しみながら小説を読みます。
今回はそんな中でも、『叙述トリック』に焦点を当てていきます。叙述トリックとは何か?知らない方のために少しだけ概要をお伝えします。
小説という形式自体が持つ暗黙の前提や、偏見を利用したトリック。典型的な例としては、前提条件として記述される文章は、地の文や形式において無批判に鵜呑みにしてもいいという認識を逆手にとったものが多い。登場人物の話し方や名前で性別や年齢を誤認させる、作中作(劇中劇)を交える、無断で章ごと(時には段落ごと)の時系列を変えることで誤認させるなどがある。
一言で言えば”ミスリードを誘い、前提条件を覆す”ものだと思っています。他のトリックよりもフェア・アンフェア論争が頻繁に起こるのもこの叙述トリックの性質によるところが大きいでしょう。
しかしながら、巧妙に仕掛けられた叙述トリックはまず①初見では見抜けないですし、加えて②はまった時の衝撃が途轍もないです。
一度味わってしまったらくせになり、類似の小説を思わず手に取ってしまう人は多いでしょう。
ここでは、叙述トリックを用いているおすすめ国内推理小説を紹介していきます。
トリックの性質上、叙述トリックを用いていることがネタバレになってしまう可能性があります。それすら知りたくないという方もいるかもしれませんので、そういった方はこの先を読むのはご遠慮ください。
厳密にいえばアイキャッチ画像の時点で1作はもうバラしてしまっているんですが、、あまりにも有名なのでそこはご容赦ください。
叙述トリックを用いた国内ミステリをランキング形式で紹介する
第1位『十角館の殺人』/綾辻行人
十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の七人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける!
「BOOK」データベースより引用
綾辻行人の人気シリーズ『館シリーズ』の1作目。ラストの1ページ(1行)を読んだ時の衝撃は、何年経っても鮮明に記憶に残っているほど。
『館シリーズ』は『十角館の殺人』以外も傑作揃いで、特に『迷路館』とかも完成度は高いのだが、ここでは1作家1作品としたため、選外。詳しくは別記事を参照。
第2位『ハサミ男』/殊能将之
美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。
「BOOK」データベースより引用
連続美少女殺人事件の犯人が模倣犯に獲物を横取りされ、自分で犯人を調べ始めるという話。
人物描写がいまひとつな感はあるが、それを差し引いてもストーリー展開とトリックが秀逸で、叙述トリックものとしては間違いなく名作の部類に入ると思う。
あとは何と言ってもタイトルが素晴らしい。読み終わるとまさにこれしかない!とタイトル自体が絶妙な仕掛けになっている。
第3位『倒錯のロンド』/折原一
精魂こめて執筆し、受賞まちがいなしと自負した推理小説新人賞応募作が盗まれた。―その“原作者”と“盗作者”の、緊迫の駆け引き。巧妙極まりない仕掛けとリフレインする謎が解き明かされたときの衝撃の真相。鬼才島田荘司氏が「驚嘆すべき傑作」と賞替する、本格推理の新鋭による力作長編推理。
「BOOK」データベースより引用
島田荘司が勧めるんだから間違いないだろう、と手に取ってみれば案の定。折原一は名作揃いだがその中でも群を抜いた高クオリティの作品。
誰が書いて誰が盗んだのか、叙述トリックの中でもフェアじゃない,不公平だという感想を見かけるが、この作品はよく読むとちゃんとヒントが隠されていて、フェアな叙述トリックだと思う。
それゆえに騙された!と気づいた時の衝撃は半端ない。これぞ叙述トリックの醍醐味。
第4位『殺戮にいたる病』/我孫子武丸
永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。
「BOOK」データベースより引用
作中にヒントが隠されているためネタバレされた後に点と点がつながる。『倒錯のロンド』でも触れたが、この『殺戮にいたる病』もフェアな叙述トリック。
それなのにラストの衝撃はものすごい。叙述トリックという観点でのみ語るのであれば、1位にしてもおかしくない完成度の高さ。
ではなぜ4位なのか。それは小説の内容があまりにも気持ち悪いから。エログロという一言で片付けられるレベルではなく、読み進める気力を挫いてくるのが残念なところ。
第5位『ロートレック荘事件』/筒井康隆
夏の終わり、郊外の瀟洒な洋館に将来を約束された青年たちと美貌の娘たちが集まった。ロートレックの作品に彩られ、優雅な数日間のバカンスが始まったかに見えたのだが…。二発の銃声が惨劇の始まりを告げた。一人また一人、美女が殺される。邸内の人間の犯行か?アリバイを持たぬ者は?動機は?推理小説史上初のトリックが読者を迷宮へと誘う。前人未到のメタ・ミステリー。
「BOOK」データベースより引用
「時をかける少女」をはじめSF作家として名高い筒井康隆のミステリ小説。こうして見るとマルチな才能を持っているなと感じる。
序盤〜中盤で感じるであろう小さな違和感が、終盤になってどんでん返しとして返ってくる。叙述トリックだとは分かっていても、最後には騙されるはず。
第6位『慟哭』/貫井徳郎
連続する幼女誘拐事件の捜査は行きづまり、捜査一課長は世論と警察内部の批判をうけて懊悩する。異例の昇進をした若手キャリアの課長をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心をよせる。こうした緊張下で事態は新しい方向へ!幼女殺人や怪しげな宗教の生態、現代の家族を題材に、人間の内奥の痛切な叫びを、鮮やかな構成と筆力で描破した本格長編。
「BOOK」データベースより引用
推理小説家”貫井徳郎”のデビュー作にして代表作の一つ。デビュー作とは思えないほど完成度が高い作品。
タイトルの通り、連続少女誘拐事件を暑かったかなり重い内容。悲しさの中に潜んでいるトリックは、むしろサブの要素として読んだ方が良いかもしれない。
第7位『イニシエーション・ラブ』/乾くるみ
大学四年の僕(たっくん)が彼女(マユ)に出会ったのは代打出場の合コンの席。やがてふたりはつき合うようになり、夏休み、クリスマス、学生時代最後の年をともに過ごした。マユのために東京の大企業を蹴って地元静岡の会社に就職したたっくん。ところがいきなり東京勤務を命じられてしまう。週末だけの長距離恋愛になってしまい、いつしかふたりに隙間が生じていって…。
「BOOK」データベースより引用
恋愛小説風ミステリ、という今までにないジャンルの推理小説。映画化もされ、「必ず2回読みたくなる」的なコピーでも話題になった作品。
叙述トリックの特徴は最後のどんでん返しやミスリードにあるので、基本は1度読めばOKの作品が多い。だが本作は読み返してもいい、どころか読み返しが必要とすら言える内容となっている。
A面/B面と並行する2軸、軽い文体の何気ない文章に配置された仕掛け、、2回読んだ後ネタバレサイトを閲覧したのは私だけではないはず。
第8位『星降り山荘の殺人』/倉知淳
雪に閉ざされた山荘に、UFO研究家、スターウォッチャー、売れっ子女性作家、癖の強い面々が集められた。交通が遮断され電気も電話も通じなくなった隔絶した世界で突如発生する連続密室殺人事件!華麗な推理が繰り出され解決かと思った矢先に大どんでん返しが!?見事に騙される快感に身悶えする名作ミステリー。
「BOOK」データベースより引用
推理小説ではおなじみの「クローズドサークル」に、「作者からの挑戦状」。ミステリファンなら心踊る設定がてんこ盛りの小説。
挑戦状は各章の始めに必ず置かれているので、文体も相まって非常に読みやすく感じる。それでもトリックは見抜けない。90年代の良作である。
第9位『仮面山荘殺人事件』/東野圭吾
八人の男女が集まる山荘に、逃亡中の銀行強盗が侵入した。外部との連絡を断たれた八人は脱出を試みるが、ことごとく失敗に終わる。恐怖と緊張が高まる中、ついに一人が殺される。だが状況から考えて、犯人は強盗たちではありえなかった。七人の男女は互いに疑心暗鬼にかられ、パニックに陥っていった…。
「BOOK」データベースより引用
人気作家東野圭吾による、密室トリックとの合わせ技のような推理小説。
東野圭吾ならではの読みやすさで、結末はなんとなく予想できてしまうが、中盤以降の展開はスピーディーで一気に読めてしまう。
第10位『葉桜の季節に君を想うということ』/歌野晶午
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。
「BOOK」データベースより引用
純文学か?と思うようなタイトルのミステリー。これまで紹介してきた小説とはまた一味違ったトリックを用いている。
これまでもそうだが、間違いなく初見では見破れないと思う。まあ確かにアンフェアといえばアンフェア。
ネタバラシ以降の展開も、人によって評価は別れるはず。インパクトが大きいだけに、ラストが少し物足りないと感じるかもしれない。
第11位『模倣の殺意』/中町信
七月七日の午後七時、新進作家、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、世を儚んでの自殺として処理された。坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子は、彼の部屋で偶然行きあわせた遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を始める。一方、ルポライターの津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井がようやくの思いで発表にこぎつけた受賞後第一作が、さる有名作家の短編の盗作である疑惑が持ち上がり、坂井と確執のあった編集者、柳沢邦夫を追及していく。
「BOOK」データベースより引用
1973年、およそ50年前に書かれた小説で、叙述トリックの先駆けとなったと言ってもいい作品。
確かに半世紀たった今読み返すと、ここで紹介している作品と比べて多少古めかしい感じは否めない。トリックも途中で見破ってしまう読者もいるだろう。
ただ50年前の作品が今もなお読み継がれている点を評価したい。国内ミステリを語る上では一読の価値のある作品だと思う。
終わりに
「叙述トリック」を用いたミステリ集でした。1作家1作品に限定しましたが、よかったなと思う作品があれば同作家の別作品に手を出してみる、というやり方で横展開していくのがおすすめです。
他にも様々な推理小説がありますので、別の記事で紹介していければと思います。
コメント