1997年から創設され、「その年の優秀なミステリー・ハードボイルド・冒険小説に授与される」文学賞である「大藪春彦賞」。
比較的新しい文学賞ではありますが、『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』など代表作多数、日本におけるハードボイルド小説の先駆者の1人である大藪春彦氏の名を冠していることもあり注目度も高く、また受賞作は名作揃いとなっています。
この記事では、そんな大藪春彦賞作品からおすすめ小説を10冊紹介していきます。
完成度の高いミステリー・ハードボイルド小説が読みたい!
今回はあくまで私のお気に入りや、思い入れの強い作品を厳選しております。ここで紹介している/していないが作品の優劣を判断するものではありませんので、予めご了承ください。
またここに紹介する作品の大部分が電子書籍で読むことが可能です。もちろん紙には紙の良さがありますが、安く買えたり場所を取らなかったりと電子書籍のメリットもあります。是非平行してご利用ください。
「大藪春彦賞」受賞作品おすすめ20選!!
作品を紹介する前に、今回のおすすめ作品の紹介の仕方についてご説明します。
1.紹介するのは歴代受賞作品の内、10作品
2.紹介するのは受賞順が早いものから
それでは、是非最後まで読んでいただけると幸いです。
・第1回:『漂流街』/馳星周
反対する祖父を殴り倒して日本に出稼ぎに来た、日系ブラジル人マーリオ。しかし希望は裏切られた。低賃金で過酷な労働を強いる工場から抜け出し、今は風俗嬢の送迎運転手をやっている。ある日マーリオは、中国マフィアと関西やくざの取引の隙に、大金と覚醒剤を掠め取ることに成功。怒りと絶望を道連れに、たった一人の闘い―逃避行がはじまった!
「BOOK」データベースより引用
記念すべき第一回の受賞作は、大藪春彦に影響を受けたとされる馳星周の初期作品。
本作は故郷ブラジルから出稼ぎにきた日系三世の若者を主人公としたノアール小説であり、風俗店で働く彼が、自らの暴力性が仇となり次第に窮地に追い込まれていく。
主人公の圧倒的な暴力性や作品全体に漂う荒廃的な雰囲気は到底理解しえないが、それでも作品中盤〜終盤にかけての日中ヤクザ・出稼ぎの日系人が入り乱れる、怒涛の展開が続く。
緊張感に支配される文章から、まさに目が離せない一作である。
・第2回:『亡国のイージス』/福井晴敏
在日米軍基地で発生した未曾有の惨事。最新のシステム護衛艦“いそかぜ”は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った“楯”が、日本にもたらす恐怖とは。
「BOOK」データベースより引用
作品を一言で表すならば、イージスシステムを搭載せんとする自衛隊の護衛艦と、未知の生物化学兵器を軸にした国防スペクタクルといったところである。
作品の特徴はその緻密なストーリー展開。伏線の貼り方は細やかで丁寧で、国防に関する様々な専門用語が飛び交う内容は重めではあるものの、大胆などんでん返しもあり読者を惹きつける。
また序盤に主要人物の背景描写をしっかりと行っている点も見逃せない。彼らの生い立ちや動機の部分をしっかりと描くことで、感情移入を図り、それが終盤の展開に生きてくる。平和ボケした現代の日本人におすすめする、必読の一冊である。
また作品に登場する架空の機関「ダイス」は他作品にも登場する。江戸川乱歩賞の『Twelve Y.O.』から読んでみることをおすすめする。
・第4回:『邪魔』/奥田英朗
及川恭子、34歳。サラリーマンの夫、子供二人と東京郊外の建売り住宅に住む。スーパーのパート歴一年。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。日常に潜む悪夢、やりきれない思いを疾走するドラマに織りこんだ傑作。
「BOOK」データベースより引用
東京郊外で起きた放火事件を主題として、事件を調査する刑事、第一発見者の妻、そして地元の非行少年の3者の視点から物語が紡がれていく。
第一発見者である夫へ次第に不信感を募らせていく妻の心情・言動の変化が作品のテーマであるのだが、警察組織内のゴタゴタやオヤジ狩りなど、物語を構成する複数の要素で他の2者(刑事と少年)も密接に絡み合う。
ラストに待ち受ける驚きの結末は多少現実味を書いているかもしれないが、それでも納得してしまうほど「読ませる」筆力は流石。日常生活に忍び込む不穏な空気感が作品を通して伝わってくる。
・第6回:『ワイルドソウル』/垣根涼介
その地に着いた時から、地獄が始まった―。1961年、日本政府の募集でブラジルに渡った衛藤。だが入植地は密林で、移民らは病で次々と命を落とした。絶望と貧困の長い放浪生活の末、身を立てた衛藤はかつての入植地に戻る。そこには仲間の幼い息子、ケイが一人残されていた。そして現代の東京。ケイと仲間たちは政府の裏切りへの復讐計画を実行に移す!歴史の闇を暴く傑作小説。
「BOOK」データベースより引用
棄民とも呼ばれる日本政府に見放されたブラジル移民たちの実態と、日本政府への復讐劇を描いたサスペンス。
序章に当たる1960年代のブラジル移民の描写は暗澹たる気持ちになるが、ここで感情移入をさせることによりその後の疾走感あふれる復讐劇に繋がってくるのだと思う。
恋愛要素やサスペンス要素を入り混じらせ、これしかないという結末に落ち着かせる。爽快感を感じさせるラストに著者の筆力を感じる。
歴史を知ることはもちろん重要だが、復讐劇を報じるメディア側の登場人物である貴子を通して、現代を生きる人が自らの人生に意義や目的を見出すこと、その大切さを発信した作品ではないだろうか。
大藪春彦賞に加えて、日本推理作家協会賞、吉川英治文学新人賞のトリプル受賞を果たした傑作。
・第7回:『犯人に告ぐ』/雫井脩介
闇に身を潜め続ける犯人。川崎市で起きた連続児童殺害事件の捜査は行き詰まりを見せ、ついに神奈川県警は現役捜査官をテレビニュースに出演させるという荒技に踏み切る。白羽の矢が立ったのは、6年前に誘拐事件の捜査に失敗、記者会見でも大失態を演じた巻島史彦警視だった―史上初の劇場型捜査が幕を開ける。
「BOOK」データベースより引用
テレビというメディアを用いて情報提供を呼びかけたり犯人に語りかけたりと、連続殺人事件の公開捜査を行うという警察小説。
劇場型捜査という一風変わった手法を取り上げているテーマ性に加えて、主人公が過去に携わった事件をチラつかせることで物語に厚みをもたせている。
事件解決への糸口という意味でこの劇場型捜査の正解がこれで良いのか?という点と、6年前の事件との関連性が伏線回収出来ていないのでは?という点に少し疑問はあるが、終盤は臨場感もあり、うまくまとめている印象。
映画化もされ、そのシリーズ続編も刊行されている。
1作目:『犯人に告ぐ』(2004)
2作目:『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』(2015)
3作目:『犯人に告ぐ3 紅の影』(2019)
・第1O回:『サクリファイス』/近藤史恵
ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと―。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた!
「BOOK」データベースより引用
若手ロードレーサーが、チームのエースを活かすためのアシストとしての働きと、レースに勝ちたいという欲望の狭間で揺れ動く心情を描いた青春ミステリー。
ロードレースという、個人の勝ち負けが存在する団体競技の魅力や特徴に触れながら、次第に剣呑な雰囲気を作り出していく。
チームのエースは本当に故意に事故を起こしたのか?前途有望な若手の選手生命を奪ったのか?予期せぬ結末ながらも爽快感すら感じるラストは、スポーツを題材にしたミステリとして満点に近い展開ではないだろうか。
「サクリファイスシリーズ」としてその後も続編が刊行されている人気シリーズである。
1作目:『サクリファイス』(2007)
2作目:『エデン』(2010)
3作目:『サヴァイヴ』(2011)
4作目:『キアズマ』(2013)
5作目:『スティグマータ』(2016)
・第15回:『検事の本懐』/柚月裕子
ガレージや車が燃やされるなど17件続いた放火事件。険悪ムードが漂う捜査本部は、16件目の現場から走り去った人物に似た男を強引に別件逮捕する。取調を担当することになった新人検事の佐方貞人は「まだ事件は解決していない」と唯一被害者が出た13件目の放火の手口に不審を抱く(「樹を見る」)。権力と策略が交錯する司法を舞台に、追い込まれた人間たちの本性を描いた慟哭のミステリー、全5話。
「BOOK」データベースより引用
本作品は、元検事の経歴を持つ弁護士佐方貞人が活躍する長編『最後の証人』のシリーズ続編にあたる。
続編、と言いながらも時系列としては過去、佐方の検事時代を描いたものである。作品は短編集の形式をとっており、全5編が収録されている。
本作(シリーズ)の魅力は何と言っても佐方貞人の人間性に尽きる。これほど人に寄り添うことの出来る法曹界の人物がいるのだろうか?と思わず涙せずにはいられない人物描写と、どれも短編とは思えないストーリー展開の巧みさが光る、非常に稀有なミステリーである。
1作目:『最後の証人』
2作目:『検事の本懐』
3作目:『検事の死命』
4作目:『検事の信義』
・第18回:『革命前夜』/須賀しのぶ
バブル期の日本を離れ、東ドイツに音楽留学したピアニストの眞山。個性溢れる才能たちの中、自分の音を求めてあがく眞山は、ある時、教会で啓示のようなバッハに出会う。演奏者は美貌のオルガン奏者。彼女は国家保安省の監視対象だった…。冷戦下のドイツを舞台に青年音楽家の成長を描く歴史エンターテイメント。
「BOOK」データベースより引用
昭和天皇崩御、天安門事件、そしてベルリンの壁崩壊。
昭和から平成へ移り変わる1989年、音楽留学で東ドイツを訪れた日本人学生が自らを見つめ直し成長していく物語。
ピアニストの繊細なメンタルを言語化し、異国のライバルたちとの刺激を通してスランプから抜け出そうとする主人公の心理描写や、西洋音楽史を紐解きながら進行する音楽シーンは重厚な内容。
それでいて、東ドイツの民主化運動を描いた歴史小説としての側面も一級品であることに驚かされる。
当時の東西ドイツの格差から民衆がどのように感じ、振る舞っていたのか。ミステリ要素もありながら爽やかなラスト(手刀を振りかざすシーンだけは違和感があるが)を描くストーリーテリングは圧巻である。
・第20回:『インビジブル』/坂上泉
昭和29年、大阪城付近で政治家秘書が頭を麻袋で覆われた刺殺体となって見つかる。大阪市警視庁が騒然とするなか、若手の新城は初めての殺人事件捜査に意気込むが、上層部の思惑により国警から派遣された警察官僚の守屋と組みはめに。帝大卒のエリートなのに聞き込みもできない守屋に、中卒叩き上げの新城は厄介者を押し付けられたと苛立ちを募らせるが―。はぐれ者バディVS猟奇殺人犯、戦後大阪の「闇」を圧倒的リアリティで描き切る傑作長篇。
「BOOK」データベースより引用
1954年、未だ戦争の影響が感じられる時代の大阪を舞台にした警察小説。
戦後しばらく存在していた国家地方警察(国警)と自治体警察、2つの組織の統合間近に起きた連続殺人を描いており、時代背景を加味しているという点も含めて非常に珍しい作品と言える。
また事件そのものは戦後の出来事でもその背景にはやはり大戦があり、戦中〜戦後史を紐解きながら楽しめるミステリーでもある。
この作品を平成生まれの作家が描いたという事実に驚かされる。若手ながら非常に才能を感じられる内容であり、続編が待ち遠しい。
・第25回:『ラブカは静かに弓を持つ』/安壇美緒
武器はチェロ。潜入先は音楽教室。傷を抱えた美しき潜入調査員の孤独な闘いが今、始まる。『金木犀とメテオラ』で注目の新鋭が、想像を超えた感動へ読者を誘う、心震える“スパイ×音楽”小説!
「BOOK」データベースより引用
音楽の著作権を管理する団体で働く主人公が、音楽教室との裁判における証言のため生徒として”潜入“するという物語。
007のような壮大なスパイ映画とはスケールが違うかもしれない、ただミクロな世界でもスパイものならではのドキドキや主人公の葛藤といった魅力にもちゃんと触れられている。
また本作品はJASRACとヤマハの争いを題材にしているが、実際の騒動を知っていても物語の展開が読みづらい点も魅力である。
本質は「人との絆」なのかもしれない。文章から伝わる主人公の人との関わり方や心情の移り変わりが、上質な音楽のように心地良く感じられる。
大藪春彦賞受賞に加え、2023年本屋大賞2位、吉川英治新人文学賞ノミネートと、著者の出世作となりそうな作品である。
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